東寺 創建時 屋根は緑
平安前期の緑釉瓦、旧境内で出土
京都市南区の東寺(教王護国寺)旧境内で、平安前期(9世紀)の緑釉(りょくゆう)瓦が3日までに出土した。保育園建て替えに伴い、京都市埋蔵文化財研究所が約330平方メートルを調査した。平安宮大極殿などを飾った緑釉瓦が、官立寺院だった東寺でも金堂や講堂でふかれていた可能性が出てきた。
■「官の寺」 威厳を誇示?
調査地は、東寺の金堂から百メートルほど北東で、職人らが住んだとみられる賤院(せんいん)の一角。平安後期の東西方向の溝(幅4メートル、深さ50センチ)から緑釉瓦が8点出土した。丸瓦のほか、軒先を飾った軒丸瓦や軒平瓦、棟に積み上げた熨斗(のし)瓦があった。
緑釉瓦は平安宮の中でも大極殿や豊楽殿など中心的な建物にしか使われない国家権力の象徴。寺では天皇勅願の仁和寺(右京区)や藤原道長が建てた法成寺跡(左京区)などで出土している。
東寺跡や同じ官立寺院の西寺跡でも出土例はあるが、これほどまとまって出土したのは初めて。平城京の寺では見つかっていない。
東寺・西寺は、仏教勢力の政治関与を嫌った桓武天皇が、平安京造営時に京内に唯一造営を許した官立寺院。京都市埋蔵文化財研究所では「金堂か講堂にふかれた瓦だろう。官の寺であることを対外的にアピールするためではないか」と話している。
【 2009年09月03日 15時04分 】







































