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(41)田舎くさい娘ぉなんかお気に召さはりますかいな  


  「桐壺更衣(きりつぼのかうい)の御腹の源氏の光る君こそ、朝廷(おほやけ)の御かしこまりにて、須磨(すま)の浦にものしたまふなれ。吾子(あこ)の御宿世(すくせ)にて、おぼえぬことのあるなり。いかでかかるついでに、この君に奉(たてまつ)らむ」

古典セレクション「源氏物語」(小学館、校注・訳 阿部秋生、秋山虔、今井源衛、鈴木日出男)から一部転載。

 

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

 明石の浦は、須磨からほんま、這(ほ)うていけるほど近(ちこ)うて。お供の良清(よしきよ)が、前に光君に話したことある、明石の入道のお嬢のこと思いだして、で、連絡とってみはってんけど、ぜーんぜん返事あらへん。

 そのおとうはんの入道からは、
 「お話がありますねん。ちょっとどっかでお目にかかれやしまへんか」
 て、いうてきはんねんけど、どうせ、そのお嬢と会われへんのやったら、光さんといっしょに出張っていって、手ぶらで帰ってきてもしゃあないしなあ、て、うじうじ考えこんで、行こうとしはらへんのん。

 この、入道、ていうおっちゃん、実は、ありえへん高望み、持ったはって。播磨の国ていうところは、役人はんとその親戚のひとらが、えらい尊敬されたはんねんけど、ひねくれもんのこの入道、ずーっと完無視で通したはって。それが、須磨にいま、源氏の君がいたはるてきいて、奥さんに、
 「ナア、桐壺の更衣と帝(みかど)さまのぼんの、源氏の光はんが、都のごたごた引っ被(かぶ)って、須磨の浦まで来とうそやないか。こら、うっとこの娘(こ)ぉの、宿縁に決まっとる。ウーン、どないかして、くっつけたりたいもんやのう」
 「なにいわはりますのん」て、奥さん。「向こうのひとがゆうとんのききましたけど、光はんちゅうたら、ええしの嫁はん、よーけえ抱えとおんのに、ぜーんぜん満足しはらへんで、帝はんの奥さんとややこしなって、ほんで、えらい騒動んならはったお方やって。ほんなセレブが、田舎くさい、うっとこの娘ぉなんか、お気に召さはりますかいな」

 入道、腹立てはって、「われ、なんも知りくさらんと。おまんとわいとでな、もともとの考えがちゃうて、そこ察しいや。なんかあったら、光はん、うっとこ招待しいひんと」とか、勝手なこというたはって、なんや、やくたいな感じやんな。さっそく、張り切らはって、お屋敷んなか、えっらいキラキラに飾り付けとかしはって。

 奥さん、「なんぼ立派なお方にしたかて、こんなとこまで追われて、往生したはるようなおひと、うちの娘ぉに最初に縁づかせて、そんなよろしいか。たとえ、ご縁があったにしても、こっちを気に入ってくれはるかどうか、冗談ごとにもならしまへんし」

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語
撮影・吉田清貴

 入道、そっぽむいてぶつくさ「罪ひっかぶるちゅうんは、外国やっても日本でも、かっけえ、スーパーヒーローの条件やんけ。それに、おまんなあ、光はんがどがいなかたか、ほんまわかっとんのけ。おかあはんの桐壺の更衣いうたら、わいの叔父貴の、鞍察(あぜち)大納言はんとこの娘やで。昔っから、なにやらはっても完璧で、宮仕えに出はったら、帝はんからえらい可愛(かわい)がられてや。嫉妬にぎゅうぎゅう押しつぶされてもて亡くならはったけど、光はん産んでやったんは、ほんまお手柄や。おなごは、プライドが命やろ。わいがこないな田舎もんやゆうて、光はん、そんで、うちん娘ほかしよるよなかたやあらへんわい」

 このお嬢はん、そない別嬪(べっぴん)やあらへんねんけど、やさしい上、けっこう品ようて、万事気が利いたはるところなんか、ほんま、都のセレブはんらに比べても負けたはらへんの。けど、自分の生まれつきや身分のこと、ま、しゃあないし、て諦めたはって。

 「都のセレブなイケメンが、うちのことなんか、おなごのうちに数えるかいや。ていうたかて、うちと同列の、しょもない相手んとこなんか、ぜったい行きとおないし。このまんま、ずるずる生きた先で、大切に思てくれとう、おとんとおかんが先いってもうたら、うち、尼んなろ。海の底とびこんだって、タコんでもなろ」とか内心、考えたはる。

 おとうはんの入道、大仰にかしこまらはって、年に二度はお嬢はん、住吉さんにお参りにやらはるん。どの家かて、内々では、最後はやっぱし神頼みなんやんね。

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

いしい・しんじ

いしいしんじさん
 1966年大阪市生まれ。京都大卒。主な作品に「麦ふみクーツェ」(第18回坪田譲治文学賞)、「ある一日」(第29回織田作之助賞)など。2009年から京都市在住。

【2018年01月22日付京都新聞朝刊掲載】