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(25)光君に似た皇子さまがご生誕。スキャンダルやん


  さるは、いとあさましうめづらかなるまで写し取りたまへるさま、違(たが)ふべくもあらず。

古典セレクション「源氏物語」(小学館、校注・訳 阿部秋生、秋山虔、今井源衛、鈴木日出男)から一部転載。

 

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

 で、重大な、あのこと。

 師走の予定日も過ぎてもうて、それでもまだ藤壺(ふじつぼ)の宮、お産の気配がないん。いくらなんでもこの一月には、て、お屋敷のお仕えのひとらは待ちわびたはって。帝(みかど)さまもおこころの準備して待ったはんのに、この月もあっさり、なんもなしに過ぎてまうん。

 「もののけの、しわざやないか」

 て、世間では噂(うわさ)や。藤壺は、ほんませんのうて、このことでいずれ、わたしは身を滅ぼすんやわ、て思い悩みはって、体調までひどうなってきて伏せってしまわはるん。

 源氏の君は、ああ、やっぱり、て自分で思い当たらはるところあるやん、そやし、そこここのお寺で、加持祈祷(きとう)させはるん。わけは隠したまんまね。世の中いうたら、うつろいゆくもんと決まったあるけど、僕とあのひととの関係は、これでもう、はかなく終わってしまうんやないか、て、あれこれ考え合わせて嘆いたはんの。

 そうこうするうち、二月の半ば、皇子(みこ)さまがご生誕。男のお子。まわりの心配はふっとんでもうて、帝さまもお屋敷でもそら大喜び。藤壺は内心、ああ、まだまだ生きんとあかんのやわ、て落ち込まはんのやけど、弘徽殿(こきでん)の女御(にょうご)やらが、呪いみたいなこというてる、てきかはって、わたしがもし死んどったら、あのひとら喜ばせるだけやん! て思い直さはって、からだも徐々に持ち直さはるん。

 帝さまは、お子にはよ会いとうてたまらへん。けど、誰にも明かされへん秘密を抱えたはる源氏の君も、気がかりでたまらへんのん。ひとのいいひんときにそっとお屋敷いって、「帝さまが気になってしゃあないそうで、僕がまずお目にかかって、ご報告しましょか」。

 でも、藤壺、「まだ、無理です」て。

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語
撮影・吉田清貴

 そない断らはるんも、もっともな話なん。あのな、似たはるん、ほんまにもう、信じられへんくらい。光君と若君。もうな、いうたら、紛れもないん。

 藤壺は、地獄の鬼みたいに自分を責めはって。「誰が見てもまるわかり。わたしと光君のあの、どうしようもない身の間違いに、ひとが見はって、気づかはらへんわけない。些細(ささい)なことでもあら探しして、大騒ぎするこの世のなかに、ああ、どんなひどい噂が漏れひろがってまうやら」て、こころ真っ暗。

 源氏の君は、ときどき命婦(みょうぶ)の君に会わはって、ことばの限りをつくして訴えはんねんけど、なんぼいうたかてどないもならへん。若宮のこと、不自然なくらい気にかけはるその様子に、命婦は「そんなご無理おっしゃらんと。もうちょっと待ったはったら、ふつうに会えますし」て、そないいつつ、命婦のほうも、相手に劣らず思案顔。えげつないスキャンダルや、まともにできる話やないやん。

 「いつの世になったら、人づてやなくて、じかに会えんのや!」

 て涙ぐむ様子が見ててもつらいん。

 「いかさまに 昔むすべる契(ちぎ)りにて この世にかかる 中のへだてぞ(前の世でかわした契りのせいで、この世では、仲をへだてられてしもて) こんなん、納得いかへん!」

 て源氏の君。命婦も、藤壺の宮の悩み苦しんだはるのをそばで見てるし、そっけのう突き放すようなこと、よういわれへん。

 「見ても思ふ 見ぬはたいかに嘆くらむ こや世の人の まどふてふ闇(やみ)(若君のそばで宮は悩み、会うてはらへん光君も嘆き、これが世にいう子を思う親心の闇) おふたりとも、がんじがらめで」て、小声で。

 こんな風に源氏の君は、せんかたなく帰らはんねんけど、藤壺としたら、へんな噂がたったらと、心配で、もう来ていらんねん。命婦にも、昔みたいにはこころを開かはらへんの。目立たへんよう、おだやかにはふるまったはんねんけど、内心のいらいらが、命婦には伝わって、ああ、こんなはずやなかったのに、てひとり寂しゅう嘆いてんねん。

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

いしい・しんじ

いしいしんじさん
 1966年大阪市生まれ。京都大卒。主な作品に「麦ふみクーツェ」(第18回坪田譲治文学賞)、「ある一日」(第29回織田作之助賞)など。2009年から京都市在住。

【2017年09月18日付京都新聞朝刊掲載】