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(15)「アトリエ劇研」ディレクター あごうさとしさん×「京都シネマ」支配人 横地由起子さん

自由な表現守る劇場
 インターネットやスマートフォンが浸透し、あらゆる場所で、あまたの娯楽や芸術と接することが可能になった現代。映画や演劇文化を育み、世に送り出してきた「劇場」の存在意義はどこにあるのだろう。京都のミニシアターの代表格「京都シネマ」(京都市下京区)支配人の横地由起子さんと、小劇場演劇のメッカ「アトリエ劇研」(左京区)ディレクターのあごうさとしさんが語り合った。

観客こそが本質的な存在

京都シネマの客席で語り合う横地由起子さん(右)とあごうさとしさん(京都市下京区)
京都シネマの客席で語り合う横地由起子さん(右)とあごうさとしさん(京都市下京区)
 あごう 京都シネマさんとは一昨年、劇研でのパフォーマンスを、映像作品として生中継する試みをやりましたね。

 横地 映像芸術祭「MOVING」の参加作品でしたね。「あ、映った、映った」って喜んでました(笑)。

 あごう 演劇を複製し、別のメディアに転換して投影する。「上映」ではなく、ライブ性を保持したまま「上演」することはできるのか、というのが狙い。映画館と劇場をつなげることで「劇場とは何か」と考える機会になりました。

 横地 劇場の価値は、お客さんがつくってくれるものだと思います。たまたま同じ時間、同じ場所で、同じ作品を見に集まった人たちのなかでしか生まれない空気があります。それを持ち帰ってもらうことが大切なんです。

 あごう 劇場の中では、お客さんこそが最も本質的な存在だといえます。そもそも舞台芸術は、その場で見てもらわないことには成立しません。だから、本当は僕なんかいなくていいんです(笑)。そこで日常とは何かちょっと違う時間や体験、価値観に触れることで、自分自身のことを見つめられるかもしれないし、人付き合いの輪が広がることもある。

 横地 ある大学で映画にまつわる講義を受け持っています。市内の映画館で上映中の作品をいくつか指定して、その感想をレポートに書いてもらうのですが、カリキュラムに対して「好きでもない映画を、なぜ見なければいけないのか」という意見があり、驚かされたことがありました。

 あごう ウェブなどは、個人の欲望に直結したシステムで、必要な情報に最短距離で行き着ける仕組みになっています。便利になった半面、好きなもの以外は受け入れづらいような感覚が強まっているのかもしれません。仕事などで必要なこと以外、自分の欲望に即したものとしか向き合わない。それで生活は成り立つのかもしれませんが、個人的にはいびつな感じがします。

 横地 一方で「勧められなければ見なかったけれど、今年一番いい映画だった」という声もあります。「横の人がずっと泣いていた」とか「年配の人が多かった」とか、他の人の様子を見て、自分のことを考えたり。それは劇場に足を運ばないと経験し得ないこと。「場」を守ることの意味を考えるヒントは、こんなところにあるのかもしれません。

 あごう 舞台芸術の世界では「感想シェア会」という取り組みが広がりつつあります。終演後、コーディネーターの司会で、おのおのが作品を語り合う。「何これ?」というような難解な作品を解きほぐして、自分のものにしてもらうという試みです。帰りに一杯やりながら、作品の感想を話したり。そんなふうに生活が華やぐ仕掛けの一つとして劇場が存在できるのなら、すてきなことです。

「見せるな」には屈しない

京都の小劇場演劇のメッカ・アトリエ劇研。8月末で30年余りの歴史に幕を下ろす(京都市左京区)
京都の小劇場演劇のメッカ・アトリエ劇研。8月末で30年余りの歴史に幕を下ろす(京都市左京区)
■多様な価値提示

 表現の萎縮や自主規制など、社会が息苦しさを増す中で、多様な価値観を提示する場でもある劇場は、表現の自由を守るとりでとしても機能している。

 横地 2010年に「ザ・コーヴ」という米国のドキュメンタリー映画が話題になりました。和歌山県太地町のイルカ漁が批判的に描かれ、上映中止を求める抗議活動の動きも一部で起きました。見たうえで「こんな映画はとんでもない」と批判するのは構わないし、嫌なら見ないという選択肢もあります。ただ「見せるな」と言う権利は誰にもないはずです。警察とも相談して、対応してもらったうえで上映しました。

 あごう 劇研も33年前の開館当初から、館主が「どのセクト、イデオロギーにも偏らない、全く自由な空間を開く」との理念を掲げています。基本的には何をやってもかまわない。ただ、私がディレクターに就いてから一度だけ、劇団側にお願いをしたことがあります。やくざの人権問題を取り扱った風刺コメディーが上演された際、「本物のやくざを舞台に立たせることはやめてほしい」と。もし対応が人権侵害だと反論があれば、このこと自体を舞台のネタにして使ってくれても構わない、と思っていました。

 横地 近年、テレビ局のドキュメンタリーを映画館で上映するケースが増えていますが、ある作品のディレクターから、制作の現場で「こういう題材はテレビでは難しい」と企画が通らないことが多く、危機感を感じているとの話を聞きました。少なくとも、どんな作品でも自主的な判断で上映するスタンスを守らないといけないと感じています。

 あごう あらゆる表現に開かれた空間というのは大切で、とりわけ、民間の小劇場は小さなメディアだけに自由度が高い。がんじがらめにされない場というものをどうやって維持していくのか、いいバランスを見つけなければいけません。

■志こそ歴史継ぐ

 アトリエ劇研は8月末で閉館することが決まっている。オーナーが高齢を理由に、土地と建物を手放す方針を決めたためだ。

 あごう 30年余りにわたり、一個人の志によって、京都の演劇シーンが支えられていたことの大きさに気付かされます。まずは8月まで、今まで通りの劇研をとにかく最後までやり遂げて、きちんと使命を終えたい。併せて、新しいスペースを確保できないか、有志で模索を続けています。

 横地 京都シネマも京都朝日シネマの閉館(2003年)を受けて、当時朝日シネマの支配人だった神谷(雅子前代表)が奔走して誕生した映画館です。数年前には上映機材のデジタル化をしなければいけなくなりました。フィルムでの作品配給が激減し、機材を導入しないと上映できない。少なくとも1千万円はかかる。でも「映画館を続けるのか、やめるのか」と迫られたときに、やめるという選択肢は選べなかったわけです。

 あごう 志があるかどうかですよね。もし新しい劇場ができたなら、異ジャンルの芸術のお客さんを、互いに橋渡しするような仕掛けができないだろうかと考えたりします。例えば、どこかの施設の会員になれば、劇場や映画館、美術館にも行ける、というような…。

 横地 何か一緒にできることがあれば面白そうですよね。あごうさんが縁あって劇研のディレクターになられたことで、それ以前の劇場の歴史が今につながっているわけですから。本当に頑張って下さい。

「アトリエ劇研」ディレクター あごうさとしさん

あごうさとしさん
 あごう・さとし 1976年大阪市生まれ。同志社大卒。劇作家、演出家、俳優として「複製技術の演劇」をテーマに、デジタルデバイスや特殊メークを使用した演劇作品を制作する。2014年アトリエ劇研ディレクターに就任。

「京都シネマ」支配人 横地由起子さん

横地由起子さん
 よこち・ゆきこ 1966年京都市生まれ。大谷大卒。京都のミニシアターの先駆けだった京都朝日シネマをはじめ、東宝公楽、美松劇場(いずれも閉館)のスタッフを経て、2004年の京都シネマ開館当初から支配人を務める。

【2017年02月09日掲載】