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インデックス

映像作家 井上亜美さん

猟と食、命との関わり 世界を描く

マタギやめた祖父ににじむ問い

撮影は耳にかけて帽子で固定する小型カメラで行う。「内側の人間だからこそ見える世界を伝えていきたい」という(京都市左京区鞍馬)
撮影は耳にかけて帽子で固定する小型カメラで行う。「内側の人間だからこそ見える世界を伝えていきたい」という(京都市左京区鞍馬)
 膝上まで雪で埋まる天狗谷(てんぐダン)の斜面で、井上亜美はイノシシの足跡を追っていた。判別の難しいシカとイノシシの足跡の見分け方を、府猟友会下鴨支部の先輩猟師に教わりつつ、くぼみの足形を観察した。2月半ば、洛北・貴船の山中。犬を用いた集団猟「巻き狩り」。雪上に獣の足跡を探す「仕切り」を行い、谷と谷の間のエリアに、今どの獣が何頭いるか見極める。見当を付けた区域を囲んで配置されたタツマ(銃を撃つ人)は、山の背から追い子が犬で獲物を追い出すのを待つ。タツマの井上は雪中、何時間もじっと動かない。シシは警戒心が強い。「3時間も待つと感覚がなくなります」。この日、シシは現れなかった。
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「じいちゃんとわたしの共通言語」 2016年
「じいちゃんとわたしの共通言語」 2016年
宮城県丸森町出身の井上は、猟をテーマに映像を作る。大学院在学中に狩猟を始め、猟師のコミュニティーに入り、同じ目線で撮影、率直に表現している。

 きっかけは3・11だった。自宅は無事だった。なのに、マタギの祖父が猟をやめた。福島県と隣接し、福島第1原発に近い丸森町は放射線量も高く、被ばくした獣は食べられないからだ。「食えないものは獲(と)らないって。その時、この世界で大変なことが起きていると気付いた。それから自分が猟師をやろうかなと」

 思えば、食卓は野趣あふれていた。鍋にはイノシシのあばらがあり、キジや山鳥の身があった。ペットだと思っていた鶏やコイを祖父がさばき、ある日の食卓に並んだ。猟は身近だった。その猟をやめた祖父と向き合った作品「じいちゃんとわたしの共通言語」は、祖父の方言と井上の標準語の会話を軸に、それぞれ獣肉をさばくシーンを挟む。祖父と孫が、猟を介して深い所でつながる。なまりの強い祖父の言葉は、命を巡る営みの喜びや重み、山のにおいが染みこんでいる。それらを奪った文明への問いも静かに込められる。
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「イノブタ・イーハトーヴ」 2016年
「イノブタ・イーハトーヴ」 2016年

 「人間の根源的な活動としての芸術とは何か知りたい」と京都造形芸術大子ども芸術コースで学んだ。大学院で映像を専攻。「ものを作る時に意識していた命との関わりや質感が狩猟という行為に詰まっている気がして、カメラを持って猟に入った」。最初はカメラを回せなかった。「目の前で起きてることが衝撃的過ぎて。撃たれて転がったシカの心臓が止まると、真っ黒な目が急性緑内障みたいに緑になった」。生と死が目前にあった。初めてシカを撃った時は、シカに見られているのが分かった。「撃つことは撃たれること。カメラも一種の暴力だなって。そういう関係性も実感しました」

 昨秋の京都造形芸術大「ニュー・オーガニクス」展で最優秀賞に輝いた「イノブタ・イーハトーヴ」は、震災の帰宅困難区域の家畜豚と野生イノシシの間に生まれているイノブタが題材。イノシシを知らない子らが描いた奇妙な生物の絵を映像に交え、理想郷と重ねた。「誰も知らない世界が、日本の中にどんどんでき上がっている。それを子どものファンタジーの世界とつなげる試みでした」

 拠点とする東山区のHAPSスタジオ内は、自らなめしたシカの毛皮や「スナイパー入門」などの本が並ぶ。冬場の今は、週3で猟に出る。「京都は山が近く、生活の中に猟が入ってくる。京都で獲った肉が食べられる一方で、東北では食べられない動物が増え続ける場所ができてしまった。映像を作る中でその世界をどう捉えるか。食べ物を獲ること、消費することを考えていきたい」

いのうえ・あみ

 1991年、宮城県生まれ。京都造形芸術大芸術学部こども芸術学科卒。東京芸術大大学院映像研究科修士課程修了。25日からトーキョーワンダーサイト本郷(東京)で個展「猟師の生活」を開催(3月26日まで)。無機質な都市の建物内で毛皮を洗い、肉を調理する野性味ある映像を滞在制作し、狩猟の映像とともにインスタレーションとして展示する。京都市在住。

【2017年02月25日掲載】