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[5]現実とデジタル世界の融合「複合現実感」

立命館大情報理工学部教授  柴田史久
(左)MR体験風景(CGで描いた蜂が襲ってくる)(右)実在する自動車の背面を透視する「半隠消表示」
(左)MR体験風景(CGで描いた蜂が襲ってくる)(右)実在する自動車の背面を透視する「半隠消表示」

  ARという言葉が広く知られるようになりました。昨年夏、スマホで楽しむ「ポケモンGO」が登場して以来、一気にその利用人口が急増しています。「オーグメンテッド・リアリティー」の略で、「拡張現実感」と呼ばれています。目の前の景色に重なって人気モンスター・キャラが現れるように、現実世界をCGのような電子データで拡張・強化するという意味です。

  AI(人工知能)と混同する人もいますが、別物です。ただし、ともに先端IT技術の一部であり、既に一部は役立っているものの、まだ理想形にはほど遠く、今後ますます広い分野で使われていくという意味で、ARとAIは似ています。

  筆者らは、ARより少し広い意味のMR(ミクスト・リアリティー=複合現実感)を研究しています。ARが文字図形や比較的簡単なCGを重ねて表示するのに対して、MRは現実空間と仮想物体が一見しただけでは区別できない正確な融合を目指しています。

  スマホでの利用が手軽ですが、本格的には特殊メガネ(HMD)をかけて、目の前に現れた仮想物体を視認します。まるでSF映画のような光景ですが、実際、SF映画と互いに影響を及ぼし合って発展してきました。映画では1コマずつ時間をかけて、実写とCGを合成しますが、AR/MRはその場で瞬時にCG合成を行う必要があり、技術的には圧倒的に難しいのです。大別すると、現実空間と仮想空間の「位置合わせ」と「画質合わせ」を同時に実時間で達成する問題となります。

仮想物体、CG合成瞬時に

  元は1990年代の前半、米国ボーイング社でジャンボジェット機の電気配線作業支援に用いられたのが始まりで、90年代後半から21世紀にかけて日本のMR研究プロジェクトが世界を牽引(けんいん)しました。次いで欧州の自動車産業がAR/MRの応用に取り組みました。当研究室で開発した技術は、2005年の愛知万博での企業パビリオンのアトラクションで利用され、半年間で約180万人が体験しました。

 ゲーム・映画などの娯楽用だけでなく、工業製品の設計・組立・保守、医療・福祉、防災対策・都市計画などでの活用が始まっています。例えば、外科手術を行う前に、CTやMRIで撮影した体内の映像を重ね、患部の位置確認や手術計画立案に使われています。

 筆者らの研究室は、AR/MRの研究拠点として、基幹技術や産業用応用事例を研究してきましたが、最近は、その進化形であるDR(ディミニッシュト・リアリティー=隠消現実感)に取り組んでいます。これは、現実世界に実在する物体を、視覚的に隠蔽(いんぺい)・消去する技術です。何らかの方法で、物体の向こう側の画像が観測か推定できれば、それを前面に重ねて表示することで、まるでマジックのごとく物体が消えたかのように見せることができます。

 AR/MRが現実と仮想の「足し算」であるのに対して、これは「引き算」に相当します。きれいに消し去れずに誤差が残ってしまうと違和感があるので、AR/MRよりも高度な技術が要求されます。逆に、全部消えてしまった場合、ぶつかって危ないこともあるので、意図的に半透明にし、実在物体の存在を意識させる「半隠消表示法」も工夫しています。

 例えば、運転中に斜め前方に駐車車両があって安全確認が出来ない場合、あるいは背の高い観客の頭が邪魔で展示品やイベントが見えない場合に、障害物をDR表示して背面を視認することができます。また、床下配線や地中の配管の確認、複数の建物を通り抜けた向こう側を眺めるなどのさまざまな用途に利用することが考えられます。

しばた・ふみひさ

 1972年生まれ。99年大阪大大学院基礎工学研究科博士後期課程修了。モバイルコンピューティング、複合現実感等の研究に従事。同大学産業科学研究所助手、立命館大理工学部助教授、同大学情報理工学部准教授を経て、2013年より同教授。

【2017年08月09日掲載】