京都新聞TOP > 経済特集アーカイブ > Myウェイ Myライフ
インデックス

SNSで商品を発信

長久堂製造部長  高橋朗子さん
長久堂製造部長  高橋朗子さん
長久堂製造部長  高橋朗子さん

 上用粉やくず粉に食紅を混ぜた淡いピンク色の生地で、白あんを包む。花びらの形を整え、めしべに模した黄色の生地を中心に載せると、梅の花が出来上がった。繊細な作業だが、動作は素早い。「美しいものを感じる心が和菓子づくりに生かされる。天気や季節の変化、人からの言葉に常に敏感でいたい」。180年以上続く老舗和菓子店の製造部長を務める。

 京都市伏見区で生まれ育った。幼少期から菓子好きで、高校卒業後はパティシエを目指して製菓専門学校へ入学。授業で学ぶうち、和菓子に引かれた。「派手でないのに、色合いや形だけで季節感を表現する奥深さに感動した」

 男性中心の職人の世界に飛び込むも、初めは戸惑いの連続。「要領が悪くて、怒られてばかりでした」と苦笑する。当時の工場長は、13歳で丁稚(でっち)に入ったたたき上げの職人。厳しい指導に、「何度逃げだそうと思ったか。その度に同僚や家族に励まされて、思いとどまった」と明かす。

 地道に仕事を重ね、2年半前に製造部長に。取引先や客とのやり取りが増え、老舗ゆえの重責も感じる。「口下手で、人前に出るのは正直苦手。その分、心に響く和菓子を作らねばならない」と一層の力を入れる。

 部長になって以来、少しずつ新たな挑戦も始めた。いちごやほうじ茶などの珍しいあんを使った商品の開発やSNS(会員制交流サイト)での発信も行っている。「商品を並べて待つだけでなく、自分から出て行ってみないと」。自身が作り出す独特の淡い色彩の生菓子を見た客から、「『高橋さんの色』ですね」と喜ばれることも増えた。

 最後まで怒られてばかりだったという工場長は90歳過ぎまで現役を貫き、一昨年亡くなった。後々になって、陰では褒めていたと同僚に打ち明けられた。「見守ってくれていたんだ、と感謝でいっぱい。今の立場になって、工場長がかつて言っていたことの意味がよく分かる。誰よりもお菓子に対して真摯(しんし)に向き合っていきたい」

たかはし・あきこ 京都製菓技術専門学校卒。2000年に長久堂に入社し、15年から現職。昨年5月からはフェイスブックで商品の情報発信を始めたほか、京都高島屋(京都市下京区)やJR東海と共同で商品企画などにも挑戦している。北区在住。37歳。

【2018年02月11日掲載】