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(1)再生信じて

異変の原因「県民生活に」
ニゴロブナを放流する松岡さん。湖の異変は、すべて県民の暮らしと関係があるという(湖北町沖の琵琶湖)

 「ぼくたちは世界中でも琵琶湖にしか住んでいない珍しい魚なんだ。湖底から川の上流まで行き来するんだけど、どこも住みづらくなってね。これから少し身の上話をしようと思う。まず、ぼくらのことを気に掛けてくれる漁師さんの話から」

 昇ったばかりの朝日が水面をオレンジに染めた。冷たい風がほおを刺す。「マス、おらんか」。昨年十二月上旬。湖北町の漁師松岡正富さん(56)は、網を上げる漁師仲間に大声で呼び掛けた。
 毎年この時期、松岡さんはビワマスを探す。卵をとって人工授精させ、近くの川に戻すためだ。ビワコオオナマズやタナゴ、ギギ。漁業対象にならない魚も含め四十種類ほどを育て、湖や川に放している。「僕は漁師の三代目。二十歳まで琵琶湖の魚で大きくしてもらった。だから少しでも恩返しがしたい」。湖のにぎわいが戻ることを願っている。
 漁師の仕事がためらわれるほど魚や貝は激減した。漁獲量は県の統計では一九五〇年代に一万トンあったが近年は約二千トン、五分の一に落ち込んでいる。「原因はすべて湖の外にある」と松岡さんはいう。
 一九七二年に始まった琵琶湖総合開発で湖の姿は一変した。「水路や内湖、田んぼ…。魚が産卵して稚魚が大きくなるのは、沿岸から一キロくらい上流までの分厚い領域。そこがむちゃくちゃになった」。周辺水域は埋め立てられ、湖岸堤が湖と陸を分断した。
 川の姿も気にかかるという。発電や農業用に水が取られ、流れはやせ細っている。「琵琶湖が心臓なら、川は血管。川の水はカンフル剤のように湖を元気にする。全部人間が使ったらあかんのや」
 十二月下旬。ニゴロブナの放流に出た。いくら稚魚を放しても魚は増えない。「湖の水が集まる範囲は県域と一緒。だから異変が起こっているとすれば、百四十万人の県民の暮らしの何かが湖と合っていないんだろう」。波しぶきに顔がぬれる。
 忘れられない光景がある。数年前の大雪の時。雪解け水が大量に流れ込み、湖水が緑からブルーに変わった。透明度は倍になり、絶滅寸前と思えたイサザがわくように取れた。
 湖にはしたたかな再生力がある。松岡さんはそう信じている。「県民みんなが同じ方を向けば、琵琶湖は絶対に生き返る」

 湖岸開発や技術の進歩で人の暮らしが便利になる一方、湖の生態系は危機を深めている。もの言わぬ魚や鳥、植物の思いを想像し、流域全体の変化に目をこらしたい。第一部は森と湖をつなぐ魚、ビワマスのこえに耳を傾ける。
=第1部は6回掲載の予定です
ビワマス(琵琶湖博物館提供)

[2009年1月3日掲載]

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