京都新聞 こころのわ きづく つながる ささえあう

「こころのわ~きづく つながる ささえあう~」記念事業

第1部/講演

水谷 修 氏 花園大客員教授

私が 「夜回り」 と呼ばれる深夜パトロールを始めたのは今から24年前、 横浜市 (神奈川県) にある夜間定時制高校に異動したときです。 今とは異なり、 当時の夜間定時制高校は、 かなり荒れていました。 まず人間関係を築かなければ授業もできません。 愛情や生き方は言葉で教えるものではなく、 行動で示すものだと私は考えています。 口先で偉そうなことを言っても、 子どもたちには伝わりません。 一人の対等な人間として向き合い、 語り合うには、 彼らの居場所である夜の街に出向く必要がありました。

美しく優しい言葉が子どもたちの明日を生きる力につながる。

夜の世界は醜い虚構の世界。 けれども10代の目には、 ネオン輝く夜の繁華街が魅力的に映るようです。 青少年を深夜の犯罪や非行から守るため、 各都道府県は条例を設け、 18歳未満の深夜外出を制限しています。 夜行性動物ではない人間にとって暗闇は本来、 恐ろしいもの。 夜間は心が不安定になり、 判断力も低下します。 眠るべき時間にパソコンや携帯電話を使って文字だけのやりとりをしていると、 思わぬ誤解が生じます。 まして子どもだけで深夜の街をふらつくことが、 どれほど危険なことか。 甘い言葉に惑わされ、 売春や労働を強要される子どもは後を絶ちません。

夜の世界をさまよう子どもたちに声を掛けて回る一方、 14年前に私は、 それまでとは異なる問題を抱えた子どもたちと出会いました。 心理的な葛藤を一人でため込んで、 うつ病になったり、 「死にたい」 と語り、 リストカットなどの自傷行為を繰り返す子どもたちです。 教員を辞めて水谷青少年問題研究所を設立、 電話番号とメールアドレスを公開したのは11年前のことでした。 事務所では24時間365日、 6人のスタッフが相談を受け付け、 これまで関わった子どもの数は26万人に達する勢いです。 「一人も死なせない」 が合言葉でしたが、 分かっているだけでも197人が自ら死を選び、 あるいは事故や病気によって命を失いました。 何度もくじけそうになりましたが、 元気になった子どもたちから届く 「ありがとう」 の一言が私たちの闘いの原動力になっています。

経済成長期の日本では、 まじめに努力すれば誰でも報われると信じられていました。 ところが1991年にバブル経済が崩壊し、 景気の低迷が20年以上続くと、 多くの人は明日を夢見るどころか、 今の生活水準を維持することさえ困難になってきました。 出口の見えない状況に人々はいら立ち、 わずかなことでも攻撃的になっているように思えてなりません。 いらいらは連鎖し、 憩いの場であるはずの家庭にまで入り込んでいます。

お父さんは会社で嫌なことがあった日、 家に帰ってお母さんに 「風呂も沸いていないのか」 と当たり散らしていませんか。 お母さんは 「何をぐずぐずしているの」 と子どもを叱りつけていませんか。 他者には口にできないようなひどい言葉を、 親だからといって子どもにぶつけていいはずがありません。

大人でも否定され続けると自信を失い、 自暴自棄になります。 大人のように外で飲食などして気を紛らわすことのできない子どもたちは、 何をストレスのはけ口にしたらよいのでしょうか。 いじめ、 暴力行為、 不登校、 薬物乱用、 自傷行為――。 子どもたちを問題行動に駆り立てているのは、 私たち大人がつくった攻撃的な社会にほかならないような気がします。 私も大人の一人として、 全ての子どもたちに謝らなければなりません。 本当にごめんなさい。

私は3歳で父を亡くし、 小学6年まで山形に住む祖父母に育ててもらいました。 貧しい生活でしたが、 村の公民館にはリンゴやサクランボ、 スモモの木があり、 村の子どもは自由に採って食べることができました。 また2反の畑には農家で余った野菜の苗が植えられ、 貧しい者が持ち帰ることができました。 私が野菜をもらいに行くと、 近所のおばあちゃんたちがお菓子をくれたのも心温まる思い出です。 かつての日本には互いに支え合う優しさがありました。 将来、 人を傷つけよう、 親を泣かせようと思って生まれてくる赤ちゃんはいません。 温かい家庭で親の愛に包まれて育ちたいのはみんな同じです。 しかし子どもは親や環境を選べません。 今の日本が、 幸せは恵まれた子だけのものだと感じさせる国だとしたら、 寂しいことだとは思いませんか。

「子どもは宝」。 大人たちの一番の仕事は、 子どもを幸せにすることです。 夏休みに寝屋川市 (大阪府) の中学1年生が深夜2人で外出し、 殺害されるという悲しい事件が起きました。 地域の子どもは地域の大人で守る。 そんな気持ちで人と人がつながって支え合う社会を実現したいものです。

皆さんはきょう、 美しい花や鳥の声に触れましたか。 美しいものは人の心を落ち着かせ、 元気にしてくれます。 言葉も同じです。 「ありがとう」 「ごめんね」 「いいんだよ」 美しく優しい言葉は人の心を温かくします。 お父さん、 お母さん、 家庭を美しく優しい言葉で満たしてください。 それが子どもたちの明日を生きる力につながるからです。

私が子どもたちから直接相談を受けるときは、 屋外で一緒に散歩をしながら話を聞きます。 青い空に白い雲、 季節折々の花など、 自然の中の美しいものを探しながら、 時には何時間も歩くので、 翌朝、 「久しぶりにぐっすり眠れて力が湧いてきたようです」 という報告が届きます。 心の病の多くはストレスが原因だといわれています。 夜眠れないのは、 心と頭ほどには体が疲れていないからでしょう。 私は今までに千人近い若者を、 弘法大師・空海が開いたとされる四国八十八カ所霊場のお遍路に送り出しました。 そのほとんどが全行程約1300キロを歩き切り、 社会復帰しています。 苦しいときこそ太陽の下で体を動かし、 美しい自然を見つめ直してみませんか。

私は13年前に17歳の若さで亡くなった少女から二つのことを頼まれました。 私の全ての講演で彼女のことを話すことと、 本にして残すことです。 彼女は中学受験に失敗して夜の世界に入り、 昼の世界に戻ったときには、 もうエイズを発症していました。 自分の失敗を教訓にして一人でも多くの後輩たちが昼の世界に戻ること、 夜の世界に近づかないことを願って、 彼女は私に託したのです。 約束通り私は講演で彼女のことを話し続けてきましたが、 本を出版する約束もことしようやく果たせました。
私たちが今生きているのは当然のことではありません。 人類の誕生から絶え間なく命の糸が紡がれてこなければ今の自分は存在しないからです。 太平洋戦争末期の沖縄戦では 「ガマ」 と呼ばれる自然洞窟が住民の避難場所になりました。 あるガマでは大人から子ども、 よちよち歩きの幼児までもが、 十数人の赤ちゃんを守るため自ら犠牲になったといいます。 どうか祖先から委ねられた命の尊さを忘れないでください。

私は子どもたちにいつも 「幸せになりたかったら、 人のために何かしてごらん」 と言っています。 返ってくる笑顔や感謝の言葉が自信となり、 生きている喜びを教えてくれるからです。 大人の皆さん、 街で子どもたちと目が合ったら、 ほほ笑みを返してください。 下を向いている子がいたら 「どうしたの」 と優しく声を掛けてください。 社会に、 そして地域に楽しい笑顔と優しい言葉があふれ、 大人も子どもも幸せな気持ちになることを願っています。

第2部/映画上映

「きみはいい子」 への思い 監督:呉美保

文部科学省特別選定作品(青年向き/成人向き/家庭向き H27.3.2)

ひとは、 みんな 「家族」 を持っています。
そしてその数だけの、 かたちがあって、
どれひとつとして、 同じものは存在しません。
ひとは、 みんな 「家族」 によって、
さまざまな感情を育てられ、 成長をします。

というのは、 理想論です。
もちろん、 そうありたいと願ってはいますが、
いまの世の中、
そんな理想的な 「家族」 なんているのでしょうか。

新聞やテレビ、 インターネットでは、
連日連夜、 「家族」 間の殺傷事件を報じています。
日本の殺傷事件のおよそ半分は 「家族」 間の諍いだと、
ある記事にありました。

きっちりと区分化された住宅街。
セキュリティーで閉ざされたマンション群。
いつからか日本は、 「個」 を尊重するようになりました。
「個」 のための過度な尊重は、 やがて閉塞感を生み、
「家族」 を息詰まらせていったような気がします。
ともすればそれは、
日本だけではなく、 世界の問題なのかもしれません。

「家族」 に息詰まっているひとが、
「家族」 ではないだれかによって救われる。
そんな瞬間があったら、
ひとはまた 「家族」 に思いやりを持てる。

やっぱり理想論かもしれないけれど、
わたしはそう信じています。

きみはいい子

©2015「きみはいい子」製作委員会

「きみはいい子」

高良健吾 尾野真千子
池脇千鶴 高橋和也 喜多道枝 富田靖子

監督:呉美保 原作:中脇初枝 「きみはいい子」(ポプラ社刊)
製作:川村英己 プロデューサー:星野秀樹 脚本:高田亮 音楽:田中拓人
配給・製作プロダクション:アークエンタテインメント

実際の掲載紙面の全体データはこちら(PDFファイル)

  • 2017年9月公開 多様な世代との交流体験
  • 2017年7月公開 地域が一体となって 子どもたちを見守り続ける
  • 2017年5月公開 遊びの場を作ることが大切です。
  • 2016年10月公開
  • 2016年08月公開 90270人
  • 2016年06月公開 3888人
  • 2016年04月公開 1.51人
  • 2016年02月公開 86.3%
  • 2015年10月公開 美しく優しい言葉
  • 2015年08月公開 気付きはよりどころです。
  • 2015年06月公開 つながりは明日です。
  • 2015年04月公開 思いやりは未来です。
  • 2015年02月公開 無関心は暴力です。
  • 2014年12月公開 想像力はきずなです。
[主催]
京都新聞
[後援]
京都府・滋賀県・京都市・大津市・京都府教育委員会・滋賀県教育委員会・京都市教育委員会・大津市教育委員会・京都府警察本部・滋賀県警察本部・京都地方法務局・
大津地方法務局・京都弁護士会・滋賀弁護士会・京都府私立中学高等学校連合会・滋賀県私立中学高等学校連合会・京都私立小学校連合会・
(公社)京都府私立幼稚園連盟・(公社)京都市私立幼稚園協会・(公社)京都市保育園連盟・(一社)滋賀県保育協議会・京都小児科医会・チャイルドライン京都・しがチャイルドライン

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