京都新聞 こころのわ きづく つながる ささえあう

子どもたちの元気のために、子どもたちの笑顔のために、子どもたちの未来のために、子どもたちの可能性のために、支え合うことのできる豊かな社会。たとえそれが理想だとしても、粘り強く目指していきたい。児童虐待件数は7万件を超え、小中高校でのいじめの認知件数は20万件に迫るという無視のできない現実。そんな現代社会だからこそ、人とのつながりの中に生まれる豊かな関係性が、傾きかけた子どもたちの心の支えになる。「きづく つながる ささえあう」、そんな温かい「わ」が、静かに、そして確かに広がる社会。社会に、大人に、自分自身に問いたいキャンペーンです。

つながりは明日です。

京都新聞創刊135周年

子どもたちの心の震えを感じられますか

人が人と共に生きることの意味

竹村洋子

京都市スクールカウンセラー  スーパーバイザー

クリニックや学校の中で、 不登校になっている子どもや保護者の方のお話をお聴きしていると気付かされることがあります。 不登校になるきっかけは、 「学校のこと」 「家族のこと」 「友人関係で行き詰ったこと」 「本人自身の困りごと」 などいろいろですが、 たいていの場合、 その要因は一つではないということです。 聴いていくうちに、 一つが解決してもまた困ったことが出てくるのです。 そのうちに子どもは、 見守られる中で 「失敗してもよい」 「困りごとに出合っても大丈夫」 「どんな自分も大切だ」 ということを周りの大人や友達に認められることで、 安心感を取り戻す体験をします。 そうすることで、 困っていることに向き合う勇気が持て、 自分の居場所を見つけたり、 少しずつ工夫を見いだして登校し始めることもできるようになります。
朝、 起きられない本人を心配して、 両親があの手この手で登校させようとすると、 本人のからだが動かなくなる。 とうとう親が 「おまえの役に立ちたいけど、 何をすればよいのか…」 と戸惑う思いを涙ながらに伝えると、 子どもが 「“焦らんでもいいよ” と言ってほしい」 という。 その言葉で両親は、 本人の困りごとを想像し、 子どもの側に立って心配していたのではなかったことに、 気付かされるといいます。
現代のようにスピードと結果が求められる社会にあっては、 身 (身体と心の両方) を使い、 時間をかけてもの作りをしたり、 色々な人と一緒に何かを作りあげるような、 プロセスを味わい共に体験する機会が持ちにくいといえます。 そのため大人も子どもも、 一人ひとり異なるいのちの育ち方があることを知っていても、 相手の側に立って、 身で想像することが難しくなっているのではないでしょうか。
人は一人では生きていません。 いろいろな人と関わり、 気付かされ、 教わることで、 それぞれの生き方を確かなものにしているのです。 不登校の子どもの支援に関わることは、 人が人と共に生きることの意味を身で感じとる大切な機会にもなります。 それだけに、 不登校になっている子どもも、 支援をしてくれる人たちと共に、 戸惑いつつ気付き、 伝え合うことで 「育ち合う体験」 をしたいと願っていると思うのです。

竹村洋子(たけむら・ようこ)

香川県生まれ。1993年より臨床心理士として精神科クリニックで大人や子どもの面接を行う。(医)竹村診療所・臨床心理室長。2009年よりスクールカウンセラー、現在は京都市スクールカウンセラー・スーパーバイザー。著書に「いのちの営みに添う心理臨床~人が出会い、共に生きるということ」など。

互いの弱さに気付き認め合うこと

山崎史朗

「JERRYBEANS」 ボーカル

些細(ささい)な暴力さえも怖かった優しすぎる次女。 まわりと同調することができない劣等感から睡眠薬で自殺しようとした双子の兄。 クラス内でいじめられている子を見ることが辛くて学校に行けなくなった自分。 不登校になった要因は兄弟でもさまざまです。 長女は不登校とは無縁で大学まで優等生でしたが、 卒業後、 鬱(うつ)になりました。 両親もまた苦しんでいました。 子どもの幸せを思うがあまり、 その期待が家での居場所すら奪ってしまったんだと、 母は自分を責めました。 手を差し伸べたくても、 ただ祈ることしかできない。 母は本当に辛かったと思います。
兄が自殺しようとした日、 泣きながら抱きしめた母がとっさに言いました。 「学校行かへんて死ななあかんほど悪いことなんか! 生きていてくれたらそれだけで十分なんや」。 僕らの子どもの頃は不登校の人は多くいませんでした。 学校に行かなければ、 行くところはほとんどありません。 行くか行かないか。 問題を抱えた家族全員、 他者から疎外されてしまう状況下、 母のその言葉は僕たちだけでなく、 母親自身も救うきっかけになりました。
現在は相談窓口やフリースクールなどが数多くあることから、 いじめや不登校が表面化する数は多くなっているでしょう。 しかし、 それ自体は悲観するものではありません。 居場所のない子の選択肢は増えています。 僕たちが変われたきっかけも、 「不登校親の会」 という第三者の場所に連れて行ってもらったことでした。 同じ悩みを持つ親と子が自然と集まることで、 「一人じゃない」 と、 そう思えました。
人は誰しも完璧ではありません。 頑張れば疲れる。 無理したら逃げたくなる。 限界がきたら動けなくなる。 期待しては駄目だと分かっているのに、 特に親子間では期待してしまいます。 お互い今のままでいいとは思っていません。 親は子の幸せを願うあまり、 子は親に悲しい思いをさせたくないあまり、 すれ違い同じ家の中でも孤立していきます。 とてもむずかしいことだけど、 「信じて待つ」 ことが大切です。 長い時間をかけて僕たち家族は、 今仲良く幸せに暮らしています。 互いの弱さを知り、 認め、 支えあうことができたら、 少しづつ変わっていけることがあります。 僕にとって不登校は、 自分や家族と、 人として向き合うことができた大切な時間でした。

山崎史朗(やまさき・しろう)

1983年、滋賀県生まれ。小学5年から中学3年まで不登校を経験。双子の兄である山崎雄介(ドラム・コーラス)と、同じく不登校を経験した八田典之(ベース・コーラス)で作るロックバンド「JERRYBEANS」のボーカル。現在は滋賀県を拠点に、全国の学校や福祉施設で年間100本以上の講演ライブを行っている。

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