京都新聞 こころのわ きづく つながる ささえあう

メッセージ

子どもは遊びを通してこころ豊かに成長する

山手重信

公益社団法人 京都市児童館学童連盟 会長

山手重信

京都市児童館学童連盟は、 子どもたちの健全な育成を図るため、 京都市内の131の児童館と九つの学童保育所の活動を支援している。 児童館は0~18歳までの子ども、 青少年を対象に、 多様な世代が交流する子どもたちの居場所や仲間づくりの場になっている。
京都市児童館学童連盟会長の山手さんは、 「共働き家庭の増加で登録児童数は年々増加傾向にある。 核家族化が進み、 地域とのつながりが希薄になっている。 子どもが安心して遊ぶことができる場所や異なる年齢との交流体験が必要だ。 子どもは遊びを通してこころ豊かに成長する」 と語る。
最近は、 将棋や囲碁といった日本古来の伝統的な遊びやそろばん、 習字などを教えることができる大人が減っているといわれている。 同連盟では地域のお年寄りにも協力してもらい、 子どもたちに楽しみながらマナーやしつけ、 集団生活でのルールを教えている。 また、 地域の民生委員や各学区の自治連とも連携し、 子育て支援や学童保育事業にも力を注いでいる。
児童館や学童保育所の日々の活動内容や役割は、 まだ十分に知られていない。 地域の人々の理解を高め、 つながりを深めてもらうために同連盟では毎年秋に 「京都やんちゃフェスタ」 を開催。 今では4万人以上が来場する一大イベントになり、 子育ての情報交換や親子、 地域との交流の場として定着している。
「子どもたちに礼儀や相手の身になって考えることの大切さ、 他人を思いやる優しさを、 自然な形で教えることがトラブルやいじめの解消にもつながる。 やんちゃな子どもでも一生懸命に頑張っているところは、 褒める。 愛情豊かに育った子どもは、 いじめや非行に走りにくいのではないか」 と山手さんは話す。
家庭、 学校、 地域、 社会がそれぞれの役割を果たしながら連携することが求められる中、 児童館・学童保育所は、 子育て家庭を支える重要な存在となっている。 山手さんは「いつも元気な子が普段と様子が違っていたり、 時に甘えてきたりするなど、 子どもはいろいろなシグナルを発する」 という。 さらに 「そのことに気付き、 見抜き、 見極める力を養い、 異変に気付いたらまずは話を聞くことが大切。 子どもの言葉をしっかり受け止め、 家庭の様子も聞いて対応することが、 子どもの不安の軽減につながる」 と提言する。

学校、家庭、地域をつなぐ懸け橋

工藤和之

京都府PTA協議会 会長

工藤和之

京都府PTA協議会では、「未来へつづく明るい笑顔」~心をはぐくむ家庭と地域の教育力~をモットーに、60年以上も子どもたちの健全な育成と、より良い子育て環境づくりに力を注いできた。5年前からは京都府内の中学校PTAが中心となり、地域ぐるみで子どもたちを見守る運動「いじめ・非行防止キャンペーン」に取り組み、「あいさつ運動」を推進している。
京都府PTA協議会会長の工藤さんは「開始当初は恥ずかしさから小声だったり、無言で頭を下げる子どもも多かったが、回を重ねるごとに子どもたちの方からあいさつをしてくれるようになってきたといった声が各PTAから寄せられています」と話す。たとえあいさつを返してくれない子どもがいても、諦めずに語り掛ければ気持ちは通じると実感しているという。今年は各PTAごとに取り組まれてきた「あいさつ運動」が、小中学校のPTA合同で同日に実施されるなど新たな試みも実践。現在では市・町での取り組みにまで発展している地域もあり、「あいさつ運動」の輪が着実に広がっている。登校時の子どもたちの髪型や服装を見たり、友達同士の何気ない会話を聞くと、子どもたちのささいな変化にも気付く。大人が地域の目として子どもたちを見守り、子どもたちも大人に見守られていることで自覚が芽生え、いじめや非行防止にもつながっているようだ。
「近年、ますます共働きや一人親の家庭が増えていますが、家庭教育こそが教育の原点。家庭内での親子の会話が最も大切です」と工藤さんは訴える。「あいさつ運動」以外に年4回の家庭教育研修会を実施。また、家庭での親子の交流や子育ての楽しさを啓発するため「わが家のルール」「家族のきずな」「命の大切さ」をテーマに「三行詩」の募集も行っている。日ごろは面と向かって言えないような“子どもを思う親の気持ち”“子どもから親への感謝の気持ち”をつづったものなど6000点以上の作品が集まり、今年は特に親からの応募も多くみられた。優秀作品は「三行詩」カレンダーにまとめて発行し、家庭教育の一層の充実を図っている。
工藤さんは「子育ては、子どもがいる間だからこそできる親の使命です。PTAでは子どもたちを見守るだけでなく、親同士の情報共有の場、地域が一体となった活動の交流の場、学びの場として子育ての不安や負担の軽減、解消につながるように『学校、家庭、地域をつなぐ懸け橋』として活動していきたい」と力強く語った。

子どもにかける目は多ければ多いほどいい

小倉誠一

京都「おやじの会」連絡会 会長

小倉誠一

「子どもは、家庭の宝であり明日の日本を担う社会の宝です」。子どもを育てることは何ものにも代え難い喜びと楽しみであり、その中で親も成長していくと話す『京都「おやじの会」連絡会』会長の小倉誠一さん。
昨今、子どもたちを温かく見守りながらも、時には厳しく注意をする大人の姿を見かけることが少なくなったと小倉さんは感じている。「子どもをどう育てていいか分からない。子育てに自信がない。子育てへの不安と悩みの声を耳にすることが多くなっています」。人間関係の希薄化が進む中、父親が子育てに積極的に参加することが強く求められている。その期待は日々高まっており、活動の場は地域へと広がっている。
『京都「おやじの会」連絡会』は、“わが子の父親から地域のおやじへ”を合言葉に学校、家庭、地域の応援団として、京都市内の小学校、幼稚園などを単位に活動する親による任意団体として2003年10月3日(父さんの日)に発足。現在では152校が参加している。今年は“見せましょう!おやじの背中”をスローガンに掲げ、子どもたちのために何ができるのか、近所の“おやじ”が集まって知恵を絞って活動している。「子どもは大人が思う以上に冷静に大人を見ている。子どもたちから信頼され、模範となる行動を取ることが大切」と小倉さんは訴える。 活動は、盆踊りをしたり、昔遊びをしたり、地元の祭りに参加するなど自由で多岐にわたっている。月に1回、仕事が終わった後の夜に連絡会を開いて情報交換の場を設け、京都市内全体の“おやじの会”を対象にした研修会の企画なども行っている。
「活動を通して、親の意外な一面を子どもが発見したり、一緒に遊ぶことで自分の子どもだけでなく、他の子どもたちとも触れ合えます。親同士が仲良くなれば自然と子どもたちも仲良くなります。顔見知りが増えれば、他人の子どもであってもちょっとした異変に気付き“何か悩んでいるの?”など声も掛けやすくなると思うのです」。子どもにかける目は多ければ多いほどいいと話す小倉さんは、「今後はより多くの行政区でネットワークづくりを進めたい。人と人が支え合う地域のつながりや、家族の絆を深めるためにも“おやじ”にはどんどん参加してほしい」と呼び掛ける。
“子どもたちを見守り、こころ豊かな社会へ”。親と子、家族と家族、そして家族と地域。その信頼に満ちた関係性を作るため、いま“おやじ”の力が必要とされている。

第1部/講演

川村妙慶 氏

真宗大谷派 僧侶・作家

これからが、これまでを決める

私がインターネットでブログ「日替わり法話」を発信してはや約17年になります。メールで全国から寄せられる心の悩みを聞くうち、悩みを持つ人には一つの共通点があることに気付きました。それは答えを持っているということです。例えば、「私は悪くない」「私こそが評価されるべきだ」「私の病気はどうせ治らない」などと自分で答えを持って決めつけていることです。物事には、いい面も悪い面もあります。私たちは一方だけ見て「幸・不幸」や「善・悪」を判断しがちです。「こうあるべきだ」という考えに縛られるから、思い通りにいかないと腹を立てたり「自分はもう駄目だ」と悲観するのでしょう。人生は試験のように○×で答えを出す必要はありません。人と比べて自分中心に判断するのをやめれば、心はもっと楽になるはずです。
なぜ人間は言葉で人を傷つけたり暴力を振るったりするのでしょうか。この根本的な問いと向き合わない限り、いじめや虐待は防げないと私は考えています。イソップ物語「北風と太陽」で旅人の上着を脱がせたのは、強風で一気に上着を吹き飛ばそうとした北風ではなく、旅人の体をじっくり温め、脱ぐのを待った太陽でした。自分の思いだけ押し付け相手を変えようとしても反発されるだけで、動かせるというものではありません。
心の仕組みを仏さまの教えを頂きながら考えてみましょう。人間が誰でも持っている煩悩の一つに、自分を守ろうとする「我」の心があります。「我」という漢字の中には、武器を意味する「戈(ほこ)」が潜んでいますね。この武器は、
自分にとって都合の悪いことに直面すると、すぐに出てきて相手を攻撃します。私たちが自分の言動を正当化したくなるのも、人から注意されると素直に聞けないのも、「自我」があるからです。
「高慢」という言葉があるように、人間は、自分を他人と比較して、上だと思えば優越感、下だと思えば劣等感を抱く「慢」の心も持っています。「我慢」は辛抱するというのではなく、我と慢が自分にもあるということを知るだけでいいのです。煩悩は箱型ティッシュペーパーのように取っても取っても出てきます。大切なのは、自分も煩悩を持つ人間だと自覚し、我の心、慢の心が増長しないよう自分の心を観察することです。そうすれば謙虚な心で周りの人のことも認められるようになるはずです。
子どもは大人にさまざまな質問をしますね。「なぜ人を殺しては駄目なの?」と問われて「怖い子だな」と思うのは決めつけです。「何があったの?」「なぜそんな気持ちになったの?」と聞いてみてください。素直な気持ちを聞けるかもしれません。気持ちを受け止めてから、私たちは一人では生きられないこと、嫌いだからといって排除できないことをじっくり話し合ってはいかがですか。「学問」と書くように、その問いが一つの学びになります。どんなことにも問いを持ってほしいと思います。
人生はよく樹木の成長に例えられます。しっかりと根を張っていないと木は立っていられないのに、今の教育は花を咲かせることばかり考えているように思えます。学校に行けずに苦しんでいる子どもに「行かなかったら将来はどうなるの?」と言うのは、子どもの悲しみに向き合っていないからでしょう。「あなたのため」と言いながら、自分の思いを押し付けていないでしょうか。本当の優しさとは、相手の痛みを思いやる感性を持つことです。これを浄土真宗の開祖である親鸞聖人は「ねんごろのこころ」と言われました。
あるお父さんから聞いた話です。お母さんを亡くした寂しさから息子さんが非行に走り、中学校を卒業すると引きこもってしまいました。就職活動をするようにと渡したお金も使い果たし、ついには「きょうからホームレスになる」と言い出しました。そこで父親が「おまえがなるなら、お父ちゃんもなる」と答えたところ、「俺だって本当は働きたいんや」と泣き出し、ようやく苦しい胸の内を話してくれたそうです。父親が自分の気持ちに寄り添ってくれていると知り、初めて客観的に自分を見つめられたのでしょう。
人間は道に迷う生き物です。迷ったとき地図になるのが「教え」です。皆さんの家庭にもそれぞれ信じる宗教があると思います。お子さんが道に迷ったときは、その教えを基に、温かい言葉をかけてあげてください。どんな話でも「へえ、そうなの」と驚きながら聞けば、お子さんは、もっと話してみようと思うのではないでしょうか。
仏教に「対治」と「同治」という言葉があります。子どもが「おなかが痛いから学校に行きたくない」と訴えたとき、薬を与えたり「そんなことを言わずに頑張りなさい」と励ますのが「対治」、「おなか痛いんか?つらいな」と慰めるのが「同治」です。励ましが必要なときもありますが、悩んでいる子にとって、親が同調してくれるだけで心が温かくなることもあります。「しんどい」と言われたら、そのまま「しんどいんやな」と返してみませんか。
いじめや虐待を受け、つらい思いをしている子にとって納得のいく答えなどすぐ見つかるはずがありません。傷つく言葉や暴力を受けると心に蓄積され、自分より弱い立場の人に対して同じことをしてしまうこともあります。それを防ぐには、いい言葉に出合うしかありません。悲しみに寄り添い、温かい言葉をかけることが、私たち大人にせめてもできることではないでしょうか。
残念ながら、どんなに後悔しても過去を変えることはできません。しかし、これからの生き方次第で「これでよかったのだ」と思える喜びに変えていくことはできます。「これからが、これまでを決める」(真宗大谷派・藤代聰麿師)。この言葉を私から皆さまに贈りたいと思います。

第2部/映画上映 「ずっと、いっしょ。」

文部科学省選定作品(少年向き・青年向き・成人向き H26.10)
厚生労働省社会保障審議会推薦(小学校高学年・中学生・高校生・家庭・一般 H26.12)

血のつながりのない家族
愛する人に先立たれる家族
死と向き合う毎日を生きる家族
いのちとは、家族とは、生きるとは、幸せとは、
人生を大切にするあなたに。
「家族のつながり」を描いた、
笑って泣ける、“いのちの物語”

「家族」って、何だろう?人生は、まるでシャボン玉。小さな粒から生まれて、ふわふわと浮かびながら、美しく輝き、そして、消えていく。それは、私たちにとっては一瞬の出来事。でも、広い宇宙から見ると、私たちの人生も同じようなものかもしれません。生きるって何だろう?いのちって何だろう?そして、人生をともに歩く「家族」って、何だろう?たったひとつで浮かぶシャボン玉はないように、そこには、必ず、寄り添う家族がいる。いのちといのちが出会い、新しい家族がうまれる。新しいいのちが誕生すると、家族はうまれ変わる。そして、一つのいのちが旅立てば、遺された家族の世界もまた、うまれ変わる。

家族って何だろう?
家族と共に生きることは、人生にどんな意味があるのだろう?
そして、幸せって何だろう?

こころの輪」特別授業

JERRYBEANS講演ライブ

僕らは活動の中で本当にたくさんの人に出会ってきました。不登校や引きこもりの人、差別に苦しむ人、障害と向き合う人、病と闘う人、家族を失った人…、この時代に生きる全ての人が誰にも言えない痛みを背負っています。それでも懸命に生きている人たちに、僕らは生きていく勇気をもらいました。暗闇にいるからこそ見える光があることを知りました。音楽に乗せて、あなたに拍手を送りたい。心からの感謝を込めて。(JERRYBEANS)

君と同じ時代に生まれて

作詞・作曲:JERRYBEANS

みんなと同じように笑いたい それさえ叶わぬ願いで
自分を傷つけて忘れようとした
あのとき僕が知られないように 隠した心の声
耳を塞いでも聞こえてた「助けて」

あなたの笑顔を見ることが 本当はたまらなく好きで
でもその笑顔を奪っていたのは 他の誰でもないこと
僕に生まれた意味があるかな 僕に生きている価値があるかな
もうそんなことは考えなくていいよ 謝らなくてもいいんだよ

大切に思うその気持ちは 時に心を焦らせた
誰の言葉も聞こえなかった
君のためにと言い聞かせて 怒鳴っている自分が嫌いで
うまく伝えられないけれど ただ君の幸せを願っている

誰もが同じ時間の中で 誰にも言えない痛みを背負って
明日はきっと笑えるように 懸命に今を生きている

歌詞一部抜粋

◎JERRYBEANS(ジェリービーンズ)=双子の兄弟であるヴォーカル&ギター山崎史朗、ドラム山崎雄介、ベース八田典之の3人からなる滋賀県出身のロックバンド。3人とも小学校高学年から中学校3年生まで不登校を経験、引きこもりだった時期もあった。そんな3人の経験をもとにしたメッセージを、歌と語りで伝える「講演ライブ」スタイルで、学校や福祉施設、地域イベントなど数多くの場所で活動している。

その時、心の居場所があれば

定本ゆきこ

京都少年鑑別所医務課医師・精神科医

私は少年鑑別所で約25年間、14~20歳の子どもたちが非行に至った理由を調べてきました。「非行少年」というと「悪い子」と思われがちですが、そうではありません。多くは社会で「生きにくさ」を感じている子どもたちです。周囲が気付かず適切な対応が受けられなかった結果、家庭や学校で心に傷を受けていました。家庭内で虐待などの問題を抱えている子も少なくありません。
彼らの中には褒められたことがない子もいます。叱られてばかりいると自己評価が下がり、周囲に対して不信感を持つようになります。前向きになれず自暴自棄、抑うつ的になるので、また叱られるという悪循環です。彼らも褒められ認められる経験をすると意欲的になります。大人の声掛け、まなざしの重要性を感じずにはいられません。子どもへの支援で重要なのはタイミングです。「その時」手を差し伸べることができれば、その子の一生を救えると言っても過言ではありません。
子どもの成長には、発達段階ごとに乗り越えなければならない課題があります。乳児期には、母親と密接な愛着関係を築くことで、世の中に受け入れられているという信頼感の獲得につながります。幼児期には何でも自分でしたがるので、肯定的な声掛けをすれば、どんどん自律性が育ちます。学童期には、さまざまな課題に取り組み成功体験を積むことで自信を付けます。それが自己肯定感にもつながるので、無理な課題は与えないでください。睡眠・覚醒のリズムを整え、食事をきちんと取らせることも必要です。
第2次性徴が始まる思春期は、性ホルモンの影響で心身共に不安定になります。非行や自殺のリスクが高まるのもこの時期です。学童期には外に向いていた関心が自分自身に向かい、他人の視線や言葉に対して敏感になります。進路や友人関係など多くの問題に直面するので不安が大きく、身近な大人に対して依存的になるのもこの時期の特徴です。一方で、思考力・判断力は大人並みに発達し、自己主張や反発をするようになります。
甘えるくせに言うことは聞かないので、周囲の大人には子どもの考えていることが分からず、振り回されている気分になります。しかし、このときしっかり受け止めることで、子どもは「私は私でいいんだ」と感じ、自己同一性を確立できます。そのためには子どもの言葉にきちんと耳を傾けることが大事で、絶対に批判はしないでください。私たち大人の役割は、子どもの「自分探しの旅」に付き添い、見守ることです。そんな私たちを大人の「モデル」として見ながら、子どもは自分が将来どんな大人になればいいか模索しているのです。

環境が障害を生む
~人と人との関わりのかなに~

竹村忠憲

京都府発達障害者支援センター はばたき センター長

障害を語る上で、個々人がどのような特性であるかは大きな要素ですが、置かれた環境によっても大きく左右されます。例えば車椅子の方が社会参加できるためにバリアフリー化が進めば、障害はある意味減っていくわけです。同時に反対のこともあるため、「環境が障害を生む」ともいえるかもしれません。社会生活の中で生きづらさを生じる発達障害はその典型でしょう。いじめや不登校、非行などとは違って、発達障害というのは、そういった社会現象(結果)を生み出す因子ともいえます。
 現代の地域社会や核家族化は発達障害をクローズアップさせました。以前の地域社会や、例えば昔の大家族では、子どもは親に叱られても近隣の人たちや祖父母などに優しくされるといった逃げ場や心の支えがありました。しかし現代は自分を許してくれる、認めてくれる人や場所はそう多くありません。身近な人からの無理解な言動などが重なると、次第に自己肯定感を失い、心がつらく、しんどくなってしまいます。人との出会いや関わりのなかで、大きくも小さくもなり得る発達障害について考えることは、社会全体のありようについて考えることと同義だと思うのです。

子どもたちが安心できる居場所を
~笑顔で寄り添うことの重要性~

井上義信

教育相談総合センター ふれあいの杜 館長

明るく頑張っていた子が、ある日突然学校に行けなくなる。いじめやケンカなど原因がはっきりした理由でなくても、ちょっとした失敗、つまづきで不登校になる子どもたちがたくさんいます。集団の中で自分の役割が見つけられない、学校のペースについていけない子どもたち。そんな子どもたちが自信を付け、回復していく過程においてまず必要となるのが、安心できる居場所です。
ふれあいの杜では、小さな集団での体験を通じて、他者との信頼関係や自身の存在意義、新たな生活への意欲を高めていってもらうようにしていますが、安心感を持ってもらうことから全ては始まります。現代の子どもたちは、家庭や地域、学校あらゆる生活環境において、対面のコミュニケーション経験が乏しく、傷つきやすいように思います。そんな現代社会であるからこそ、当館のような特別な場所だけではなく、各家庭で、地域で、学校で、さまざまな人たちが積極的に子どもたちに笑顔で寄り添ってあげることが重要だと思います。

たくさんの愛される体験を
~自ら助けを求められない子どもたちへ~

幸重忠孝

滋賀県教育委員会スクールソーシャルワーカースーパーバイザー 幸重社会福祉士事務所代表

いじめにあったり、嫌な思いをしている子の数は、統計よりもっと多いと感じています。統計に表れないケースでは、多くの子は自分が嫌な思いをしている、疎外されていることに対して無自覚です。周囲の人から見たら疎外されている様子が明らかでも、本人は「いじられキャラだから」「こうやって友達同士で楽しんでいるから」と笑ったり、家ではもっと酷いことをされているからと無意識に我慢していたりします。そういう子が水面下に相当数いるのではと思います。統計に表れるのは自分の辛い状況に自覚的な子の数で、そういった子はまだ自分で助けを求めることができるともいえますが、自ら助けを求められない子たちのことも真剣に考えなければ問題の根本的な解決には至りません。自殺や殺人など大きな事件が表面化したときだけではなく、継続的に子どもの状況を気にしておくことが重要です。
自ら助けを求められない子どもたちに周囲の大人ができることは、表面的な言葉ではなく、たくさんの愛される体験をさせることです。「自分は愛されている」「大事にされている」と感じることができれば、子どもたちは学校でも家庭でも、自然と大人を信頼するようになるはずです。

「泣く」ことの意味を知る
~子どもの発達に必要不可欠な行動~

菅野道英

滋賀県彦根子ども家庭相談センター 所長

赤ちゃんは泣くことが仕事です。 泣くことが他者との絆やコミュニケーションの基礎となります。 子どもが発達していく上で、 泣いたり、 笑ったり、 騒いだり、 その喜怒哀楽の全てが、 人間形成のベースとなるのです。 しかし、 現代の社会全体が子どもたちの感情の発露に対して寛容ではなくなってきています。 私たちは子どもたちに、 極端に幅の狭い道を歩ませようとしているのではないでしょうか。
相談に来られた方には、 ご家族に合ったさまざまな応援をすることができ、 事態が好転したケースも少なからずあります。 一方で、 悩みを抱える当事者自らが 「相談する」 ことの難しさがあるのも事実です。 現代の育児環境は決して楽な状況ではありません。 育児休暇を取った方から 「子どもが生まれることで、 子ども中心の二人だけの時間がたくさんできます。 そうすると社会との接点が減り、 戸惑い、 その距離を実感し、 孤独を感じるのです」 といった話を聞きます。
われわれサポートする側はそれぞれの家庭において、 子どもが生まれる前から 「子どもの自然体の姿について父母ともに準備し考える」、 そんな予防的な取り組みをしていく必要があると考えています。 子どもにとって 「泣く」 ことは当たり前。 その当たり前を家庭、 地域、 社会全体が受け入れる。 そんな支え合う社会に近づくことが、 子どもの安全で安心な育ちを保障することになると思います。

第1部/講演

水谷 修 氏

花園大客員教授

美しい優しい言葉が子どもたちの明日を生きる力につながる。

私が 「夜回り」 と呼ばれる深夜パトロールを始めたのは今から24年前、 横浜市 (神奈川県) にある夜間定時制高校に異動したときです。 今とは異なり、 当時の夜間定時制高校は、 かなり荒れていました。 まず人間関係を築かなければ授業もできません。 愛情や生き方は言葉で教えるものではなく、 行動で示すものだと私は考えています。 口先で偉そうなことを言っても、 子どもたちには伝わりません。 一人の対等な人間として向き合い、 語り合うには、 彼らの居場所である夜の街に出向く必要がありました。
夜の世界は醜い虚構の世界。 けれども10代の目には、 ネオン輝く夜の繁華街が魅力的に映るようです。 青少年を深夜の犯罪や非行から守るため、 各都道府県は条例を設け、 18歳未満の深夜外出を制限しています。 夜行性動物ではない人間にとって暗闇は本来、 恐ろしいもの。 夜間は心が不安定になり、 判断力も低下します。 眠るべき時間にパソコンや携帯電話を使って文字だけのやりとりをしていると、 思わぬ誤解が生じます。 まして子どもだけで深夜の街をふらつくことが、 どれほど危険なことか。 甘い言葉に惑わされ、 売春や労働を強要される子どもは後を絶ちません。
夜の世界をさまよう子どもたちに声を掛けて回る一方、 14年前に私は、 それまでとは異なる問題を抱えた子どもたちと出会いました。 心理的な葛藤を一人でため込んで、 うつ病になったり、 「死にたい」 と語り、 リストカットなどの自傷行為を繰り返す子どもたちです。 教員を辞めて水谷青少年問題研究所を設立、 電話番号とメールアドレスを公開したのは11年前のことでした。 事務所では24時間365日、 6人のスタッフが相談を受け付け、 これまで関わった子どもの数は26万人に達する勢いです。 「一人も死なせない」 が合言葉でしたが、 分かっているだけでも197人が自ら死を選び、 あるいは事故や病気によって命を失いました。 何度もくじけそうになりましたが、 元気になった子どもたちから届く 「ありがとう」 の一言が私たちの闘いの原動力になっています。
経済成長期の日本では、 まじめに努力すれば誰でも報われると信じられていました。 ところが1991年にバブル経済が崩壊し、 景気の低迷が20年以上続くと、 多くの人は明日を夢見るどころか、 今の生活水準を維持することさえ困難になってきました。 出口の見えない状況に人々はいら立ち、 わずかなことでも攻撃的になっているように思えてなりません。 いらいらは連鎖し、 憩いの場であるはずの家庭にまで入り込んでいます。
お父さんは会社で嫌なことがあった日、 家に帰ってお母さんに 「風呂も沸いていないのか」 と当たり散らしていませんか。 お母さんは 「何をぐずぐずしているの」 と子どもを叱りつけていませんか。 他者には口にできないようなひどい言葉を、 親だからといって子どもにぶつけていいはずがありません。
大人でも否定され続けると自信を失い、 自暴自棄になります。 大人のように外で飲食などして気を紛らわすことのできない子どもたちは、 何をストレスのはけ口にしたらよいのでしょうか。 いじめ、 暴力行為、 不登校、 薬物乱用、 自傷行為――。 子どもたちを問題行動に駆り立てているのは、 私たち大人がつくった攻撃的な社会にほかならないような気がします。 私も大人の一人として、 全ての子どもたちに謝らなければなりません。 本当にごめんなさい。
私は3歳で父を亡くし、 小学6年まで山形に住む祖父母に育ててもらいました。 貧しい生活でしたが、 村の公民館にはリンゴやサクランボ、 スモモの木があり、 村の子どもは自由に採って食べることができました。 また2反の畑には農家で余った野菜の苗が植えられ、 貧しい者が持ち帰ることができました。 私が野菜をもらいに行くと、 近所のおばあちゃんたちがお菓子をくれたのも心温まる思い出です。 かつての日本には互いに支え合う優しさがありました。 将来、 人を傷つけよう、 親を泣かせようと思って生まれてくる赤ちゃんはいません。 温かい家庭で親の愛に包まれて育ちたいのはみんな同じです。 しかし子どもは親や環境を選べません。 今の日本が、 幸せは恵まれた子だけのものだと感じさせる国だとしたら、 寂しいことだとは思いませんか。
「子どもは宝」。 大人たちの一番の仕事は、 子どもを幸せにすることです。 夏休みに寝屋川市 (大阪府) の中学1年生が深夜2人で外出し、 殺害されるという悲しい事件が起きました。 地域の子どもは地域の大人で守る。 そんな気持ちで人と人がつながって支え合う社会を実現したいものです。
皆さんはきょう、 美しい花や鳥の声に触れましたか。 美しいものは人の心を落ち着かせ、 元気にしてくれます。 言葉も同じです。 「ありがとう」 「ごめんね」 「いいんだよ」 美しく優しい言葉は人の心を温かくします。 お父さん、 お母さん、 家庭を美しく優しい言葉で満たしてください。 それが子どもたちの明日を生きる力につながるからです。
私が子どもたちから直接相談を受けるときは、 屋外で一緒に散歩をしながら話を聞きます。 青い空に白い雲、 季節折々の花など、 自然の中の美しいものを探しながら、 時には何時間も歩くので、 翌朝、 「久しぶりにぐっすり眠れて力が湧いてきたようです」 という報告が届きます。 心の病の多くはストレスが原因だといわれています。 夜眠れないのは、 心と頭ほどには体が疲れていないからでしょう。 私は今までに千人近い若者を、 弘法大師・空海が開いたとされる四国八十八カ所霊場のお遍路に送り出しました。 そのほとんどが全行程約1300キロを歩き切り、 社会復帰しています。 苦しいときこそ太陽の下で体を動かし、 美しい自然を見つめ直してみませんか。
宗教の力を借りるという方法もあります。 といっても神仏にすがるという意味ではありません。 私たちは先祖代々、 神や仏に対する畏敬の念を抱いています。 神聖な境内で唾を吐く人はいないと思います。 鳥居の絵が不法投棄や立ち小便の防止に用いられるのも、 私たちの信仰心に訴える効果があるからでしょう。 不登校や引きこもりの子どもを寺社や教会で預かっていただくと、 早く学校に戻れることも分かってきました。 各宗教界に声を掛けたところ、 宗教や宗派を超え、 すでに全国で1万カ所以上の施設が協力してくださっています。
私は13年前に17歳の若さで亡くなった少女から二つのことを頼まれました。 私の全ての講演で彼女のことを話すことと、 本にして残すことです。 彼女は中学受験に失敗して夜の世界に入り、 昼の世界に戻ったときには、 もうエイズを発症していました。 自分の失敗を教訓にして一人でも多くの後輩たちが昼の世界に戻ること、 夜の世界に近づかないことを願って、 彼女は私に託したのです。 約束通り私は講演で彼女のことを話し続けてきましたが、 本を出版する約束もことしようやく果たせました。
私たちが今生きているのは当然のことではありません。 人類の誕生から絶え間なく命の糸が紡がれてこなければ今の自分は存在しないからです。 太平洋戦争末期の沖縄戦では 「ガマ」 と呼ばれる自然洞窟が住民の避難場所になりました。 あるガマでは大人から子ども、 よちよち歩きの幼児までもが、 十数人の赤ちゃんを守るため自ら犠牲になったといいます。 どうか祖先から委ねられた命の尊さを忘れないでください。
私は子どもたちにいつも 「幸せになりたかったら、 人のために何かしてごらん」 と言っています。 返ってくる笑顔や感謝の言葉が自信となり、 生きている喜びを教えてくれるからです。 大人の皆さん、 街で子どもたちと目が合ったら、 ほほ笑みを返してください。 下を向いている子がいたら 「どうしたの」 と優しく声を掛けてください。 社会に、 そして地域に楽しい笑顔と優しい言葉があふれ、 大人も子どもも幸せな気持ちになることを願っています。

みずたに・おさむ

1956年、 横浜に生まれる。 上智大文学部哲学科卒業。 横浜市にて高校教員として勤務。 12年間を定時制高校で過ごす。 教員生活のほとんどの時期、 生徒指導を担当し、 中学・高校生の非行・薬物汚染・心の問題に関わり、 生徒の更生と、 非行防止、 薬物汚染の拡大の予防のための活動を精力的に行なっている。 また、 若者たちから 「夜回り」 と呼ばれている深夜の繁華街のパトロールを通して、 多くの若者たちと触れ合い、 彼らの非行防止と更生に取り組んでいる。 現在、 花園大客員教授、 上智大非常勤講師。

第2部/映画上映 「きみはいい子」

「きみはいい子」 への思い 監督:呉美保

ひとは、 みんな 「家族」 を持っています。
そしてその数だけの、 かたちがあって、
どれひとつとして、 同じものは存在しません。
ひとは、 みんな 「家族」 によって、
さまざまな感情を育てられ、 成長をします。

というのは、 理想論です。
もちろん、 そうありたいと願ってはいますが、
いまの世の中、
そんな理想的な 「家族」 なんているのでしょうか。

新聞やテレビ、 インターネットでは、
連日連夜、 「家族」 間の殺傷事件を報じています。
日本の殺傷事件のおよそ半分は 「家族」 間の諍いだと、
ある記事にありました。

きっちりと区分化された住宅街。
セキュリティーで閉ざされたマンション群。
いつからか日本は、 「個」 を尊重するようになりました。
「個」 のための過度な尊重は、 やがて閉塞感を生み、
「家族」 を息詰まらせていったような気がします。
ともすればそれは、
日本だけではなく、 世界の問題なのかもしれません。

「家族」 に息詰まっているひとが、
「家族」 ではないだれかによって救われる。
そんな瞬間があったら、
ひとはまた 「家族」 に思いやりを持てる。

やっぱり理想論かもしれないけれど、
わたしはそう信じています。

助けを求められる
環境を育む

岡本美香

emiru coco

発達障害の一つ、 学習障害(LD)。 私は22歳のころ、 躁鬱(そううつ)病になったことをきっかけに初めてこの障害であることが分かりました。 幼いころから九九が苦手で、 忘れものが激しく、 なぜ自分は人よりできないことが多いのか思い悩んでいました。 普通学級にいたころの私は、 学習理解度が低く、 ついていくことのできるのは国語と体育と音楽だけでした。 中学時代には、 他の子より大きな声で歌ったことがきっかけでいじめられるようになりました。 「もう学校に行きたくない」 と打ち明けたとき、 支えとなったのは、 その思いを受け止めてくれた母の存在でした。
成人になり、 学習障害と診断されたとき、私は正直ほっとしました。 自分自身、 長年、 悩まされてきた原因はこれだったのかと。 現在でも学習障害であることを示す手帳はありませんが、 自らの悩みの理由について知ることができたのは、 私の中では大きなことでした。 個性の大切さが叫ばれる時代にはなりましたが、 実際は、 「人」 は “違い” を受け入れることがなかなかできません。 大人の社会もそうですが、 特に子ども時代には、 他の人と違うことが、 いじめの原因になるのです。
近年、 理由はさまざまですが、 いじめを苦に自殺をしてしまう子たちが後を絶ちません。 心配をかけたくない。 理解されるか不安。 私もそうでしたが、 自ら周囲へ救いを求めることはなかなかできるものではありません。 頑張りすぎなくていいんだよ、 時には逃げることも重要なんだよと、 受け止めてくれる人の存在や周りの環境が重要だと私は経験から強く感じます。
障害により、 他の人と比較するとできないことが多いですが、 その分、 人の痛みを知ることができ、 思いやりを持つことができると私は信じています。 一人の人間が、 障害を抱えるということは、 周りの人も多くの困難を乗り越えなければならないことを意味します。 ぜひゆっくりと時間をかけ寄り添い、 いざというとき本人が助けを求めることのできる環境を温かい見守りの中で育み、 その支えになってもらえたらと願っています。 その先には一人の人間としての自立した成長と、 いつかかなえられる多くの夢があると信じて。

岡本美香(おかもと・みか)

1984年、京都府生まれ。中学2年生から障害児学級(現特別支援学級)で学ぶ。中学卒業後は養護学校(現特別支援学校)高等部に進学。2014年、自身の半生をつづった「スワン 学習障害のある少女の挑戦」(アリス館)が出版される。現在、絵本作家を目指し、ここから笑みが広がるという意味を込めたペンネーム「emiru coco」で積極的に活動している。

視野を広げ
子どもの視線に立つ

村松陽子

京都市児童福祉センター 児童精神科医

何度言ったらわかるの!」 「どうしてみんなと同じようにできないの?」。 児童精神科の外来を訪れる発達障害の子どもたちは、 こんなことをよく言われています。
学校から体操服や給食袋を持って帰るのをしょっちゅう忘れるAちゃん。 言われたときは、 今度はちゃんと持って帰ろうと思うのですが、 学校では他にもやることがいろいろあって、 つい忘れてしまいます。 平仮名や漢字を書くことが苦手なBくん。 文字の形がうまくとれず枠からはみ出てしまったり、 トメやハネも上手にできません。 先生やお母さんからは 「もっと丁寧に書きなさい」 と言われ続けています。 休み時間はいつも教室で一人で本を見ているCくん。 先生からは 「お友達と遊びなさい」 といつも言われています。 運動場で皆がしているドッジボールに入ったこともありますが、 全然楽しくありません。 他の子どもから怒られたり、 からかわれたりすることもあり、 運動場には行きたくありません。
人は、 自分が苦労せずにできたことを、 頑張ってもできない人がいるということがなかなか理解できないようで、 「やる気の問題」 「努力が足りない」 「甘えている」 と思って頑張らせようとします。 いつまでもできないとイライラして叱りつけてしまうこともあります。
発達障害がある子どもは、 脳の働き方や発達の仕方が違っていて、 多くの人がたやすく習得できることがなかなかできないことがあります。 本人たちは頑張っていても、 その頑張りは周りに分かってもらえず否定され続けてしまいます。 そんな経験が続くと 「できない自分がダメなんだ」 と自信をなくしてしまうのです。
人は一人一人違います。 背の高い人もいれば背の低い人もいます。 運動が得意な人も苦手な人も、 お酒が強い人も全然飲めない人もいます。 それぞれにできることや苦手なことが違います。 できないことはゆっくり少しずつやればいいし、 もしできないままでも、 できることで補ったり、 人に助けてもらったりすることもできます。 大人の側が少し視野を広げて、 心のゆとりを持って本人の視線に立ってあげられたら、 子どもたちはずいぶん楽になれるのではと思います。

村松陽子(むらまつ・ようこ)

京都市で生まれ育つ。1991年より京都市児童福祉センター、よこはま発達クリニックなどで児童精神科医として子どもの心や発達の診療に携わる。2010年より京都市発達障害者支援センターかがやきセンター長を兼務。

互いの弱さに気付き
認め合うこと

山崎史朗

「JERRYBEANS」 ボーカル

些細(ささい)な暴力さえも怖かった優しすぎる次女。 まわりと同調することができない劣等感から睡眠薬で自殺しようとした双子の兄。 クラス内でいじめられている子を見ることが辛くて学校に行けなくなった自分。 不登校になった要因は兄弟でもさまざまです。 長女は不登校とは無縁で大学まで優等生でしたが、 卒業後、 鬱(うつ)になりました。 両親もまた苦しんでいました。 子どもの幸せを思うがあまり、 その期待が家での居場所すら奪ってしまったんだと、 母は自分を責めました。 手を差し伸べたくても、 ただ祈ることしかできない。 母は本当に辛かったと思います。
兄が自殺しようとした日、 泣きながら抱きしめた母がとっさに言いました。 「学校行かへんて死ななあかんほど悪いことなんか! 生きていてくれたらそれだけで十分なんや」。 僕らの子どもの頃は不登校の人は多くいませんでした。 学校に行かなければ、 行くところはほとんどありません。 行くか行かないか。 問題を抱えた家族全員、 他者から疎外されてしまう状況下、 母のその言葉は僕たちだけでなく、 母親自身も救うきっかけになりました。
現在は相談窓口やフリースクールなどが数多くあることから、 いじめや不登校が表面化する数は多くなっているでしょう。 しかし、 それ自体は悲観するものではありません。 居場所のない子の選択肢は増えています。 僕たちが変われたきっかけも、 「不登校親の会」 という第三者の場所に連れて行ってもらったことでした。 同じ悩みを持つ親と子が自然と集まることで、 「一人じゃない」 と、 そう思えました。
人は誰しも完璧ではありません。 頑張れば疲れる。 無理したら逃げたくなる。 限界がきたら動けなくなる。 期待しては駄目だと分かっているのに、 特に親子間では期待してしまいます。 お互い今のままでいいとは思っていません。 親は子の幸せを願うあまり、 子は親に悲しい思いをさせたくないあまり、 すれ違い同じ家の中でも孤立していきます。 とてもむずかしいことだけど、 「信じて待つ」 ことが大切です。 長い時間をかけて僕たち家族は、 今仲良く幸せに暮らしています。 互いの弱さを知り、 認め、 支えあうことができたら、 少しづつ変わっていけることがあります。 僕にとって不登校は、 自分や家族と、 人として向き合うことができた大切な時間でした。

山崎史朗(やまさき・しろう)

1983年、滋賀県生まれ。小学5年から中学3年まで不登校を経験。双子の兄である山崎雄介(ドラム・コーラス)と、同じく不登校を経験した八田典之(ベース・コーラス)で作るロックバンド「JERRYBEANS」のボーカル。現在は滋賀県を拠点に、全国の学校や福祉施設で年間100本以上の講演ライブを行っている。

人が人と共に
生きることの意味

竹村洋子

京都市スクールカウンセラー スーパーバイザー

クリニックや学校の中で、 不登校になっている子どもや保護者の方のお話をお聴きしていると気付かされることがあります。 不登校になるきっかけは、 「学校のこと」 「家族のこと」 「友人関係で行き詰ったこと」 「本人自身の困りごと」 などいろいろですが、 たいていの場合、 その要因は一つではないということです。 聴いていくうちに、 一つが解決してもまた困ったことが出てくるのです。 そのうちに子どもは、 見守られる中で 「失敗してもよい」 「困りごとに出合っても大丈夫」 「どんな自分も大切だ」 ということを周りの大人や友達に認められることで、 安心感を取り戻す体験をします。 そうすることで、 困っていることに向き合う勇気が持て、 自分の居場所を見つけたり、 少しずつ工夫を見いだして登校し始めることもできるようになります。
朝、 起きられない本人を心配して、 両親があの手この手で登校させようとすると、 本人のからだが動かなくなる。 とうとう親が 「おまえの役に立ちたいけど、 何をすればよいのか…」 と戸惑う思いを涙ながらに伝えると、 子どもが 「“焦らんでもいいよ” と言ってほしい」 という。 その言葉で両親は、 本人の困りごとを想像し、 子どもの側に立って心配していたのではなかったことに、 気付かされるといいます。
現代のようにスピードと結果が求められる社会にあっては、 身 (身体と心の両方) を使い、 時間をかけてもの作りをしたり、 色々な人と一緒に何かを作りあげるような、 プロセスを味わい共に体験する機会が持ちにくいといえます。 そのため大人も子どもも、 一人ひとり異なるいのちの育ち方があることを知っていても、 相手の側に立って、 身で想像することが難しくなっているのではないでしょうか。
人は一人では生きていません。 いろいろな人と関わり、 気付かされ、 教わることで、 それぞれの生き方を確かなものにしているのです。 不登校の子どもの支援に関わることは、 人が人と共に生きることの意味を身で感じとる大切な機会にもなります。 それだけに、 不登校になっている子どもも、 支援をしてくれる人たちと共に、 戸惑いつつ気付き、 伝え合うことで 「育ち合う体験」 をしたいと願っていると思うのです。

竹村洋子(たけむら・ようこ)

香川県生まれ。1993年より臨床心理士として精神科クリニックで大人や子どもの面接を行う。(医)竹村診療所・臨床心理室長。2009年よりスクールカウンセラー、現在は京都市スクールカウンセラー・スーパーバイザー。著書に「いのちの営みに添う心理臨床~人が出会い、共に生きるということ」など。

被害者と加害者の
心を救いたい

島田妙子

兵庫県児童虐待等対応専門アドバイザー

「誰か、 うちのお父ちゃんの心助けて!」
実の父と継母からの壮絶な虐待を6年間受け続けた私は、 子どもの頃、 心の中でずっとそう叫んでいました。
「叩くつもりじゃなかったのに叩いてしまったあの時、 叩いてしまったという情けなさ、 惨めさで心の中が張り裂けそうになった。 本当は 『ごめん』 と言うつもりだったのに、 『もう私のことを鬼やと思ってるはずや』 と自分の心に落とし込んでしまった。 だからその直後に視線が合ったアンタに 『なんやその目は、なにか文句あるのか』 と、 上塗りの言葉が出てしまった」。 虐待をした継母が、 大人になった私にぽつりと言った言葉です。
その日から毎日のように精神的な虐待や暴言、 暴力が始まりました。 「これはしつけや」 この言葉を加えるしかなかったのです。 父の前でも虐待をするようになった継母は、 父が仕事から帰ってくると見せしめのように 「しつけ」 と称してたばこの火を押し当てました。 そして父にも暴力を強要するようになったのです。 大人になった今思い返せば、 父は私たち兄妹を継母からの虐待から守るかのように、 私たちを毎日殴るようになったのです。 大きな音を立てて短く殴る。
暴力の毎日は生き地獄でした。 でもそれよりも辛かったのが、 優しかった父の人相が変わっていくことでした。 人はやったらダメなことをやり続けると、 自分の力では止めることができないのです。
中学2年生の時、 当時27歳の女性教師が長かった虐待生活から救い出してくれました。 たった一人の大人が救ってくれたのです。 でも、 あの日、 私が助かっただけじゃなかったのです。 父も、 あの日、 長かった虐待生活が終わったのです。 父はその一年半後に、 「悪かった」 の言葉を残し自ら命を絶ちました。 もっと早くに、 たった一人でも父の心を助けてくれる人がいたら…。 「被害者を救う前に加害者の心を救うことができたら」 との思いで現在活動しています。
生まれた瞬間から極悪な人などいない。 いま周りを見渡してほしい。 通報の前にぜひ温かい愛の輪を。

島田妙子(しまだ・たえこ)

1972年、神戸市生まれ。「児童虐待根絶」に向けて「大人の心を助ける」講演活動を積極的に行っており、実体験を基にした話には体験したからこそ伝えることができるとの定評を得ている。一般財団法人児童虐待防止機構理事長。2女1男の母親でもある。

子どもたちの
居場所

石塚かおる

京都児童養護施設長会 会長

児童養護施設、 何らかの理由で親と一緒に暮らせない子が、 家庭の代わりとして暮らす施設です。 最近では虐待による入所が増えています。 施設に暮らす子どもたちから、 私たちは大切なことを日々学んでいます。
母親の放任で入所したAちゃん。 おやつの桃を冷蔵庫から取り出した時、 Aちゃんが駆け寄って来て桃をそっとなでながら、 「これが桃なんや~。 かわいい!」 としばらく見つめていました。 Aちゃんは、 桃を初めて見たのです。 果物はむいたり切ったり手間がかかるものなので、 放任の家庭では食卓にあがることが少ないのです。 子育ては手間のかかることなんですが、 その手間をかけなくなっているのです。 母の服役で入所してきたB君。 元気な子だったのですが、 突然学校に行かなくなりました。 学校の先生と一緒に話を聞き、 やっと彼が言ったのは 「僕は今までお母さんと一緒に暮らしてきて、 とっても大変だった。 いつかお母さんが出てきたら、 きっとお母さんと一緒に暮らすだろう。 でもまた、 とっても大変な生活になると思う。 だから、 頼む。 今だけ休憩させてほしい」。 不登校の理由はさまざまです。 その子どもの本当の声を聞ける大人でありたいと思うのです。
両親のいないC君。 自分に自信がなく、 周りに流され、 非行を繰り返していました。 「どうせ俺なんか死んでも誰も悲しまねえから…」 が口癖、 自暴自棄になっていました。 できるだけ一緒にいる時間を作り、 応えられる要求にはできるだけ応えるという生活を重ね、 やっと落ち着き始めたC君に、 なぜ落ち着いたのか聞いてみました。 「俺のことをかまってくれたのが良かった。 俺は母親ってのを知らないけど、 母親ってのはこういうものかなと思った。 俺はいつも居場所を探していた。 どこにいても、 俺はここにいていいのかなって思ってた。 でも、 こうしてかまってくれることで、 俺はここにいていいんだと初めて思えた」。 子どもたちは居場所を探しています。 その居場所というのはスペースのことではなく、 子どもの本当の気持ちを聞くことのできる関係そのものが居場所なのだと思うのです。

石塚かおる(いしづか・かおる)

1960年、鹿児島県生まれ。大学卒業後、児童養護施設つばさ園に児童指導員として就職。主任児童指導員を経て2007年に施設長に就任。ノートルダム女子大・龍谷大非常勤講師。13年 「子どものニーズをみつめる児童養護施設のあゆみ」(共著)出版。15年より京都児童養護施設長会会長を務める。

広い世界を
想像する力を

越水利江子

作家・日本ペンクラブ「子どもの本」委員

私はデビュー時から、 いじめをテーマにした物語を書いてきました。 それは、 自身の体験であったり、 実際にいじめに遭った少女と学校の先生に取材したものであったり色々です。 けれど、 現在、 いじめは携帯電話を通じたネット世界に拡がり、 いじめられ追い込まれた子が自殺してしまう事件も多々起こっています。 少しでもいじめをなくそうとの活動は必要ですが、 いじめは形の変化こそあれ、 昔からなくならないものでもあります。
では、 どうすればいいのか…。 私には一つの答えがあります。 子どもであれ、 大人であれ、 いじめの起こった教室や学校、 近所、 パソコンや携帯でのSNSなど、 どんな世界でも心の中にその世界だけしかなければ、 誰もが追い込まれてしまうのです。 私の本の読者には少女たちが多いのですが、 その中にもいじめに遭った子たちはいました。 でも、 その子たちには逃げ場があったのです。 夢中になれる本や物語の世界です。 そして、 そこには、 顔を知らなくても同好の士ともいえる友達が多くいました。 いじめに遭った時、 逃げ場となる心の世界を持っているかどうかで、 何より大切な命が守られるともいえるのです。
想像する力を蓄えることは、 いじめを行う子にとっても大切です。遊びのつもりでいじめを行う子は、 いじめに遭った子がどれほど辛い思いをしているのか、 自分に置き換えて考える力がないのです。 ないから、 人を死に追い込むほどいじめてしまうのです。 世の中はゲームのように、 何でも解き明かしてはくれません。 人は、 他人の痛みを想像する力を養ってこそ、 人間力があると言えるのです。 人の心の深さ、 美しさ、 はかなさ、 強さ…を自ら想像して、 自ら答えを導き出す力を養うことが重要です。
思春期、 私は本の世界で遊ぶことで救われた一人でした。 逃げ場となり、 想像を楽しめる心の世界を持たせてあげること、 子どもたちが、 心躍らせ夢中になれるものを作ってあげること、 大人たちはそんな手助けをしてあげるべきだと思います。

越水利江子(こしみず・りえこ)

高知生まれ京都育ち。1994年度芸術選奨新人賞、日本児童文学者協会新人賞、2003年度日本児童文芸家協会賞を受賞。近著に『杉文 真心をつくした吉田松陰の妹』『忍剣花百姫伝』『恋する新選組』シリーズ、いじめに遭った少女を描く『もうすぐ飛べる!』など。

現代の
子どもたちの世界

原 清治

佛教大教授・教育学部長

今、 社会全体で子どもたちを守ろうという機運が高まっています。その成果もあって、 実際、 いじめの発生件数は減ってきています (文部科学省、 2012年19.8万、 2013年18.5万件)。 ただ、 それに代わって、 最近の子どもたちの間では、 ふざけに近い 「いじり」 という名の他者攻撃が増えつつあります。 いじめの形が変容してきているのです。 昔は仲間はずれにするという 「排除」 の現象がいじめの総体でした。 しかし、 今の子どもたちは仲間集団の中に 「いじる」 対象の子を組み込んでいますから、 周囲からは一緒にふざけているようにしか見えません。 いじられている本人も、 いじめられていると認識するのが怖いために楽しく遊んでいるようにふるまいがちです。 そのため、 周囲はそれに気付きにくくなるのです。
近年のネットツールは子どもの人間関係のあり方を変えました。 従来の対面型のコミュニケーションであれば、 相手の表情などから行間を読むことができましたが、 パソコンやスマートフォンなどでのコミュニケーションでは誤解が生じやすいのです。 さらに、 若い世代はいつの時代も仲間内でしか伝わらない多義性を持たせた言葉を作り出します。 その言葉をどう解釈するかは受け手側に委ねられています。 それがネットツールを介することで、 一層誤解を生む機会を増幅させるのです。 だからこそ、 現代の子どもたちは仲の良い友達に一番気を遣い、 相手が自分をどう思っているのか不安なのです。 そのため、 いつもネットでつながっているわりに仲間同士の帰属意識が弱く、 数多くのグループとのつながりを持っていないと怖いのです。
そんな現代の子どもたちのために何が重要なのでしょうか。 それは、 直接型のコミュニケーションだと思います。 たとえば親子間でしっかりと対話し、 互いに共有できるルールをつくることで行動規範やコミュニケーション力が自然に身に付きます。 現代は、 親子で対話する時間が極端に少なくなっていますが、 まずは子どもたちの世界をより深く知ろうとすること。 指導を急がず、 子どもの話を注意深く聞いて理解し、 共感すること。 すべてはそこから始まります。

原 清治(はら・きよはる)

1960年、長野県生まれ。神戸大大学院博士後期課程修了。学術博士。専門は教育社会学。子どもの学力低下問題やいじめなどの学校病理現象について広く研究している。現在、京都府いじめ問題有識者会議委員や大津市インターネット等いじめ対策アドバイザーなどを務める。近著に『ネットいじめと学校』など。

子どもたちの笑顔が
あふれるために

外村まき

NPO法人 チャイルドライン京都代表

午後4時、 チャイルドライン京都ラインルームの電話のベルが鳴り始めます。 午後9時までの5時間で80件余り。 「何を話してもいいのですか?」 「いじめられているんです」 「地球の果てまでいくと、 どうなるのですか」 子どもたちからの声が届きます。
チャイルドラインは、 18歳までの子どもが、 誰でもいつでも、 どこからでもかけることができる子ども専用電話です。 全国71団体と連携し、 指示や指摘をせず、 ありのままの子どもたちの声を受けとめています。 2013年度1年間の着信件数は約21万件。 この着信件数を私たち大人はどう受けとめたらいいのでしょう。
チャイルドラインにかかってくる内容は、 人間関係・雑談・性への興味関心・身体やこころに関すること・いじめ・恋愛・学びや進路・将来について。 その子どもたちの言葉からは 「聴いてほしい、 誰かとつながっていたい」 という気持ちが、 ひしひしと伝わってきます。
話の中から見えてくるのは、 「大人は支配的で権威を振りかざす存在」 と思っている子が少なくないこと。 しかも、 「大人たちに、 言いたいことが言えない」 環境に置かれているということ。 私たち大人は子どもたちのこの気持ちに気付いているのでしょうか? 子どもが話しているときに子どもたちの話を聞かず、 ついつい大人の立場から口を挟んでいませんか。
子どもたちが話し始め、 最後まで話し終えるのを待つことはできていますか。 子どもたちは自分の本音を受けとめ、 自分たちと本気で向き合ってくれる大人の存在を求めています。
人は話すことで次の一歩を歩み出せます。 家庭や、 学校、 地域で、 子どもたちに温かい眼差しで、 子どもが話してくれるのをじっくり待ち、 そのこころを受けとめませんか。
「聴いてほしい、 つながっていたい」 という気持ちに気付くことで、 地域社会が活性化し、 子どもたちの笑顔があふれ、 大人も子どもとともに心豊かに生きることのできる社会が実現すると信じています。

外村まき(とのむら・まき)

1947年、高知県生まれ。京都で看護師として働く傍ら子どもの健全な育成に関わる団体のメンバーとなる。2000年、NPO法人京都子どもセンター設立に関わり理事長に就任。11年、NPO法人チャイルドライン京都を設立し、事務局長に就任。14年代表に就任。

子どもたちに
優しさを

水谷 修

花園大客員教授

1991年秋のバブル経済の崩壊以降、 20年以上にわたる閉塞的な経済状況の中で、 今、 日本の社会全体が、 いらいらした嫌な社会になってしまいました。 みなさんにお聞きしたい。 みなさんの家庭では、 この一年間、 温かい、 優しい、 思いやりのある言葉と、 ひどい、 きつい、 思いやりを忘れた言葉、 どちらが多かったですか。 私は、 講演会のたびに、 来て下さった方々に聞いていますが、 ほとんどの人が、 後者に手を上げます。 みなさんの会社や地域ではどうですか。
この社会全体のいらいらが、 社会の中で最も弱い立場の子どもたちのところに集約されています。 そして、 家庭でも学校でも、 認められるより否定され、 褒められるより叱られ続けた子どもたちが、 四つの大きな問題を、 私たち大人に突きつけてきています。 元気のいい子は、 ふてくされ、 親も先生も自分のことなんてどうでもいいんだと、 夜の世界に。 そして、 非行、 犯罪や、 一時の救いのために薬物乱用に走ります。 何とか、 日々耐え続けた子どもの一部は、 自分のいらいらを、 仲間をいじめることによって解消しようとします。 また一部の子どもは、 耐えきれず、 こころを閉ざし、 不登校や引きこもりに。 そして、 まじめでこころの繊細な子どもは、 こころを病み、 リストカットや自死へと向かっています。
みなさんにお願いがあります。 優しさには、 お金は必要ありません。 ただ少しのこころの余裕があればいいのです。 どうぞ、 みなさんの家庭で、 地域で、 子どもたちに、 一日30個は、 美しい言葉、 優しい言葉、 褒めてあげる言葉をかけてあげてください。 愛されている自覚のある子どもは、 決して夜の世界には入りません。 受けた愛を裏切ることのないように、 しっかりとまじめに生きてくれます。 また、 自分に自信のある子どもは、 決して人をいじめません。 それどころか、 いじめられている仲間を守ってくれます。子どもたちは、 今、 みなさんからの優しさを待っています。

水谷 修(みずたに・おさむ)

1956年、横浜市生まれ。上智大文学部哲学科卒業。横浜市にて、高校教員として勤務。中・高校生の非行・薬物汚染・心の問題に関わり、生徒の更生に取り組んでいる。現在、花園大客員教授、上智大文学部哲学科講師。

  • 2017年9月公開 多様な世代との交流体験
  • 2017年7月公開 地域が一体となって 子どもたちを見守り続ける
  • 2017年5月公開 遊びの場を作ることが大切です。
  • 2016年10月公開
  • 2016年08月公開 90270人
  • 2016年06月公開 3888人
  • 2016年04月公開 1.51人
  • 2016年02月公開 86.3%
  • 2015年10月公開 美しく優しい言葉
  • 2015年08月公開 気付きはよりどころです。
  • 2015年06月公開 つながりは明日です。
  • 2015年04月公開 思いやりは未来です。
  • 2015年02月公開 無関心は暴力です。
  • 2014年12月公開 想像力はきずなです。
[主催]
京都新聞
[後援]
京都府・滋賀県・京都市・大津市・京都府教育委員会・滋賀県教育委員会・京都市教育委員会・大津市教育委員会・京都府警察本部・滋賀県警察本部・京都地方法務局・
大津地方法務局・京都弁護士会・滋賀弁護士会・京都府私立中学高等学校連合会・滋賀県私立中学高等学校連合会・京都私立小学校連合会・
(公社)京都府私立幼稚園連盟・(公社)京都市私立幼稚園協会・(公社)京都市保育園連盟・(一社)滋賀県保育協議会・京都小児科医会・チャイルドライン京都・しがチャイルドライン

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