「偶然に手に入りましてね。初めて使ってみました。新しい素材に挑戦するのは、試行錯誤ですからむずかしいけど、楽しみでもあります」 知り合いが持ち込んだフィリピンの玉虫。100匹分ほどの羽を1ミリ角に切り、棗の蓋の上部と底部の外縁や、胴回りの縦線に1枚1枚張り付けていった文様が美しい光彩を放つ。 「漆の乾燥のために室に入れると玉虫の羽の色が赤くなってくる。室から出すと元の色に戻る。そんなことも初めて知りましたね」
英語の「china」が中国陶磁を指したように、日本の漆芸は「japan」は漆器の代名詞になったほど、世界の注目を集めた歴史をもつ。とりわけ京都の工房でつくられた南蛮漆器は欧州でもてはやされ王侯貴族や教会で重宝された。服部さんは今から8年前、縁あって聖書などを置く「ミサ典書台」をローマ法王に謁見して贈った。蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)の技法を駆使した現代の漆芸美は、現代の南蛮漆器ともいうべき使者の役割を果たして話題になった。 20歳のときに日展初入選。以来、日展を主舞台にする一方、個展でも活躍。京都の創作漆芸の巨匠、番浦省吾に師事して多くを学び、32歳のとき文化庁在外研修員として滞在した欧米で、アール・デコの芸術家ジャンデュナンの漆芸の仕事を通して、漆を生かした現代の造形表現へ大きな示唆を受けた。「大壁画や家具、衝立(ついたて)、ベッドなどさまざまなものを漆で彩る。スケールの大きさと発想の豊かさに刺激を受けました」という。 仲間たちと実験的な漆表現を試みたフォルメの活動などを経て、服部さん独自の漆芸美が花開いたのは82年に日展で2度目の特選を受賞した飾り棚「潮光空間」から。蒔絵と螺鈿を調和させた精緻(ち)な技と斬新なデザインの作品は、衝立や飾り棚、箱もの、さらには大作屏風やグランドピアノの天板にまでに及んだ。 けんらん華麗、優美な漆芸美は、メキシコやニュージーランドの耀貝など日本古来の螺鈿の技法では使われなかった新しい種類の貝を使うことによって一層モダンで華やかな輝きを発揮。倫雅美術奨励賞(92年)、中信・京都美術文化賞(99年)などの受賞につながってきた。 日本の漆や良質の耀貝の減少など、困難な状況もあるが、世界に誇る日本の漆芸美を再び世界に発信するために、「品格に豊かで内容の濃い螺鈿蒔絵の高い峰をめざす」と服部さん。還暦や峻昇改名15年の節目に新たな創作意欲を燃やす。 写真(右)=「最後の磨き仕上げに掌を使うように身体5感すべてを使うのが漆芸です」と話す服部峻昇さん 写真(左)=「耀貝飾箱水のきらめき」(2002)
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