(六の三)



 大村益次郎遭難地の碑

 また明治維新の軍事制度改革の立役者である大村益次郎も、木屋町通の御池上ルの旅館で、徴兵制に反対する一派に襲われており、その遭難地の碑も近くに建っている。




 瑞泉寺

 三条通との交差点近くには、瑞泉寺がある。今から約 400年前の文禄4年(1595)8月2日の昼下がり、三条河原で豊臣秀吉の甥、関白太政大臣の秀次の首を前に、秀次の側室や子供、仕えていた女性たち30数名が次々と引き出され、処刑されていった。

 彼女たちの遺骸は大きな穴に投げ込まれ、その上に塚が築かれ、その塚の上に秀次の首を納めた石びつが置かれた。瑞泉寺はその塚の位置に建立されたと言われている。



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