(六の五)



 先斗町歌舞練場

 酢屋から東へ木屋町通に戻り、さらに行って先斗(ぽんと)町に入ると、歌舞練場の古い建物が建っている。先斗町の芸妓衆によって演じられる「鴨川をどり」は、明治5年(1872)に裏寺町の「 千代の家」で行われたのが始まりで、一時中断があったものの、明治28年(1895)、平安奠都(てんと)1100年を記念して、現在地に新築されて歌舞練場として復活した。現在の歌舞練場は昭和2年(1927)に再建されたもので、先斗町の拠点として春秋の2度、華やかに「鴨川をどり」が開催されている。




 土佐藩邸跡

 木屋町通に戻って南へ歩いていくと、蛸薬師通の角に旧立誠小学校の建物が見えてくる。この建物前に、土佐藩邸跡を示す小さな石柱が建っている。京都には各藩の大名屋敷があったが、江戸時代を通じて、この蛸薬師木屋町付近一帯が土佐藩邸だった。

 また、旧立誠小学校も歴史が古く、明治2年(1869)、三条河原町あたりに開校した下京第六番組小学校が、その前身。明治10年(1877)に立誠(りっせい)という名前に代わり、大正期に火災で類焼したため、昭和2年、現在地に新築移転した。平成5年(1993)、児童数の減少に伴って統廃合され、児童は新設された高倉東小学校に移った。



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