(五の一)



 三条大橋

 三条通は、平安京の三条大路にあたっており、平安時代には東三条殿とか朱雀(すざく)院といった貴族の邸宅が建ち並ぶ都の中枢部だった。その後、豊臣秀吉が天正18年(15 90)に三条大橋を造ってから、東海道の起点となり、都に上ってきた多くの旅人や、東国へ旅立つ人々などでにぎわい、屈指の繁華街になった。  



 池田屋跡碑

 三条大橋を西に歩き始めると、すぐに高瀬川に出る。この川に架かるのが三条小橋。幕末の元治元年(1864)、明治維新のわずか4年前のこと、長州藩を中心とする尊皇攘夷派と新選組が闘った池田屋騒動の舞台である池田屋が、この三条小橋西詰にあった。

 この辺りは江戸時代、旅籠(はたご)屋が軒を連ねており、池田屋もその一角を占める宿屋だった。当時、朝廷内のクーデターで長州藩は京都を追われるが、その後も京都に潜んでいた長州藩士らは、幕府転覆のために活動しており、その相談を池田屋で行った。その情報をつかんだ新選組が襲撃し、一大乱闘が繰り広げられた。今は石碑が残るだけとなっている。


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