The Kyoto Shimbun

(6)ジミー西村 「フェニックス」

対象のきらめき光跡に重ねペンライトで濃淡 幻想的な輝き投影


神戸の復興への祈りを込めた「フェニックス」

 混沌(こんとん)の宇宙から、不死鳥が飛ぶ。まばゆい金色が、闇を7色に照らし、力強く舞う羽は希望という光片をちりばめる。

 神戸市の震災復興事業に合わせ、ジミー西村さんが2001年8月に制作した「フェニックス」。ペンライトの光跡で描かれた幻想的な絵は、神戸・トアロードの壁面に投影され、人々の心を奪った。「若い時に何度も通った六甲山からの夜景が忘れられない。その復活への思いを込めた」

 「ライトペインティング」と名付けた技法は自ら考案した。漆黒の闇が包むアトリエ。シャッターを開放状態にしたカメラの前で、西村さんがペンライトを動かし、光を縦横に走らせる。その光跡をフィルムに感光させ、光の絵を浮かび上がらせる。絵は印画紙に焼くこともあれば、プロジェクターを使って壁面に投影することもある。

 淡く、濃く。時にぼんやり、時にくっきりと。フィルムに映る光は、色彩だけではなく、多くの表情を持つ。西村さんはその特質を見分け、独特の世界に仕上げる。

 下絵を描き、完成イメージを十分に頭に巡らせても、作品は必ずしも思い通りにならない。光は思う以上に応えることもあれば、裏切ることもある。印画紙などに焼くまでは、どんな仕上がりになるか分からない。だからドキドキする。「いつも作品に恋する気分です」

 題材には縛られない。プレスリーの生涯を描いた連作「エルビス・プレスリー」。「禅僧五態」は厳しい修行を積む僧侶の姿を表した。「無限の龍馬」では、激動の時代を駆け抜けた坂本龍馬の力強さを表現した。鮮やかさと柔らかさ、切なさ…。対象が放つきらめきを、さまざまな光に重ねて、フィルムに描いていく。

 暗室にこもり、1枚を描きあげるまでに30分から5時間。そう言いながら、西村さんは口元を緩めた。「これまでの過程を思えば、本当は50年って言いたいですけどね」

 日本大で美術を学び、1年間サラリーマン生活を送った。音楽好きが高じ、4畳半のスペースの小さなカフェバーを経営。自らバンドを組み、ロックファンを熱狂させた。建築設計の仕事に携わった後、コマーシャル写真を手掛け、ライトペインティングを着想した。

 「デッサンは精密に。描くときはリズムにのって。暗闇で空間を把握し、それを平面のフィルムに落とす。歩んできた道が今に続いています」

 光の束を絵にするまで1年間、試行錯誤を繰り返した。さらに認められるまでに数年。2000年に神戸市から復興イベントへの参加を依頼され、翌年には、メジャーリーグ「シアトルマリナーズ」と契約、佐々木主浩投手(当時)を描き、作品が球場などで販売された。

 フィルムの特質を生かしていろんな表現方法を試みる。これまで京都市内の織物会社とタペストリーを共同制作し、「小野小町」を題材に衝立(ついたて)もつくった。衝立は、いま小町ゆかりの随心院(山科区)で観光客を迎えている。

 京都は光が似合うと西村さんは言う。

 東寺五重塔のたそがれ、祇園祭・山鉾巡行が放つ町衆の熱さ、金閣寺の壮麗さ、五山送り火の清浄。「古都の幻想的な情景が、ファンタジーな僕の作風と合うのかもしれない。出身の京都にはこだわりたい」

 01年、ウイルス性の病気で長男が倒れた。「覚悟を」という医者の言葉をよそに回復した。そのとき病室で長男を励ましたのが「フェニックス」だった。「私にとって思い入れの強い絵になった。人を励まし、何かを考えさせる、奥行きある作品を今後も作り続けたい」

[京都新聞 2005年12月25日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

ジミー西村(じみー・にしむら)
インテリアデザイナーなどを経て、1999年にライト・ペインティングの作品を初めて発表。以来、神戸の風景を題材にした連作「KOBE VIEW2001」ほか、京都の金閣寺、銀閣寺などモデルにした絵などを発表している。京都市右京区在住。ホームページはhttp://jimmy-n.com

「創作のたびに新しい技法を考える。挑戦は大変だが、面白い」と話す西村さん(京都市下京区のアトリエ)

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