The Kyoto Shimbun

(8)山下残 「船乗りたち」

揺れ動く舞台のダンス不自由さの中に自由な動き求め


揺れる舞台で上演された「船乗りたち」(京都市中京区・京都芸術センター)=清水俊洋氏撮影

 暗闇に丸太を組んだ4メートル四方の舞台が浮かぶ。中央に支点があり、重みが加わると、嵐の中を漂流するいかだのように上下左右に揺れ、傾く。

 ステージに最初に登場するダンサーは1人。左手で右腕を抱え込み、中央で体を曲げ伸ばしする動きをしている。そこへもう1人が登場し、「ギィーッ」という音とともにステージが傾く。出演の4人全員が乗ると、ステージはさらに揺れ動く。各人がジャンプなど激しい動きをすれば、想定外の動きをし、舞台から落ちないよう、バランスを取らざるをえない。

 昨年末に、京都芸術センターで行われた「船乗りたち」の公演。振り付け・演出を行った山下残さんは、ダンサーとしても舞台に立った。出演者はそれぞれ即興で踊っているように見えるが、実は細かいところまで振り付けされている。舞台を不安定にしたのは、その振り付けをあえて壊し、ダンサーの偶然の動きを引き出すためだった。

 「ジャズの即興演奏のようなもの。コード進行は決まっているが、アドリブは各ダンサーに任せている。二度と再現できない、揺れる舞台という不自由の中で、自由な表現ができたのでは」

 振り付けを決める作業は複雑だ。「船乗りたち」では、まずアシスタントに踊ってもらい、動きをビデオに撮影する。次にその中から「気になるいい動作」を探す。「1日じっくり練習して、採用できる振り付けは5分くらい」だ。

 動きはすべて言葉に置き換え、ノートに書きつける。それによって、余計な動きなどをチェックする。例えば「右腕をひらひらさせながら上げた後、しゃがむ」と書いてあれば、その言葉を見て「ひらひら」の部分が不要だと気づき、無駄を省ける。

 ダンスは言葉がなくても理解できるから国際交流にも役立つ、という考え方に疑問を持ち、これまで「身体と言葉」をキーワードに、振り付けをしてきた。「相互理解のための平板な文化でなく、各国の言葉が違うように自分の文化を大事にしたかった」と話す。

 2002年公演の「そこに書いてある」では、ダンサーの動きを指す言葉や絵などを100ページの本にまとめ、客席に配った。観客は司会者の合図に従ってページをめくる。そこに「トンネル」の言葉があれば、舞台ではダンサーが足を開いて連なって立っている、という風に舞台と客席とをリンクさせた。

 03年の「透明人間」では、ダンサーの動きを同時通訳的に司会者が説明し続けた。04年の「せき」では、プロジェクターで尾崎放哉の俳句を舞台に映した。

 文字、音声、映像を使って、ダンスに言葉を持ち込んだ3部作だった。

 前衛的な舞台に「ダンスを言葉で説明するのはおかしい」「演劇的すぎる」などと公演のたびに賛否の声があがる。が、本人はそうした反応を楽しむように「それをきっかけに、音楽や美術など他のジャンルの人がダンスに興味を持ってもらえればうれしい」と話す。

 高校生の時はパンクバンドでギターを弾いていたが、音楽に才能がないと見切りをつけた。その後、舞踏グループ山海塾の岩下徹さんのダンスを見て感動。19歳から大阪のモダンダンスの研究所に通い、大阪・京橋駅の通路で一人で踊り始めたのが、今の活動のスタートだった。

 「体を動かして楽しいのは生き物に共通する感覚。衝動的に踊りたい気持ちがまずある。他の人と共有したい。それを社会の中でどう表現作品として見せるかが、振付家の仕事」。次も揺れる舞台に変わる不自由な状態をつくり、一度完成した振り付けを壊す試みを続けたいという。一歩先をみつめ、新たな挑戦が続く。

[京都新聞 2006年1月15日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

山下残(やました・ざん)
振付家・ダンサー。1970年大阪府生まれ。京都のコンテンポラリーダンス・グループ「モノクローム・サーカス」の所属ダンサーを経て、95年から自主公演を企画している。2004年度京都芸術センター舞台芸術賞を受賞した。主な作品に「そこに書いてある」「透明人間」「せき」など。

「完成した振り付けを壊す試みを続けたい」と話す山下さん(京都市南区のアトリエ)

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