The Kyoto Shimbun

(14)橋本一 「極道の妻たち−情炎」

人間の生々しさ、にじみ出る女がほれる作品、脱マンネリ挑む


「極道の妻たち−情炎」の一場面

 照明を落とした薄暗いクラブ。しなやかで細い指が、柔らかな手に吸い込まれる。

 「踊ってくださらない」

 甘いささやきを合図に、高島礼子と杉本彩がジルバのステップを踏み出す。和と洋、白と赤。知性と熱情が絡み合う。回り込むカメラが、女性同士の不思議な感覚のダンスシーンから、2人の対照的な美しさと色気をスタイリッシュに引き出していく。

 京都で生まれた東映の映画「極道の妻たち」。愛する男のために自ら抗争の中へ飛び込み、状況に流されながらもたんか一発で筋を通す。女の粋がウリの人気シリーズの最新作「情炎」で橋本さんは監督を務めた。ベルナルド・ベルトリッチ「暗殺の森」ばりのつやあるダンス場面は、クライマックスにつながる見せ場だ。

 「ヤクザ映画は、どうしても観客層が限られる。でも今回は女がしびれ、女がほれる。そんな映画を目指そうと」。発想は米映画「チャーリーズ・エンジェル」。クールで、颯爽(さっそう)として、カッコイイ。

 「でも理屈で考えるとおかしいことも。僕自身、脚本を見たときに思いました」。主要人物同士こんな都合よく出会うか?女同士のダンスシーンって違和感がない?

 それとなくスタッフに水を向けたところ、返ってきた答えがふるっていた。「それを何とかするのが監督の仕事だろ」

 内容は確かに無理はある。だが勢いもある。脚本の力を生かすため、たたみかける見せ場で観客の心と目を追い立て、違和感を与えないようにした。

 「アクション好き」でもあり、特に戦闘シーンには力を注いだ。女性たちが短剣付きの拳銃で屈強な男を倒し、日本刀で立ちはだかる極道をなぎ払う。最終幕で連続する立ち回りも切れ味鋭く、けれん味たっぷりに見せる。

 その上で自分のこだわりは追求した。「生きている人間の生々しいにおい」をにじみ出す演出で、長寿番組が引きずりがちなマンネリ化を押さえ込み、旬の女優とシリーズが秘める新たな魅力を引き出してみせた。

 新潟でハリウッド映画を見て育ち、東京の大学で映像学を学んだ。長期的な低迷を強いられた邦画界がバブル経済を味方に、長らく怠ってきた人材発掘のため重い腰を上げ始めた時期だった。「自分に一番肌が合う」東映に合格。学生生活で首都の空気になれ、都会的な作品を撮る将来を夢想していたら、京都に配属された。

 見知らぬ地方都市。不安を抱えていた若者を撮影所の熱気が包み込んだ。引きも切らず撮影される映画作品に助監督について演出を学び、入社7年目にしてテレビ時代劇で監督を務めた。

 その後もテレビ映画で着々と実績を積み上げ、2003年に「新仁義なき戦い−謀殺」で念願の劇場デビュー。本作は2年ぶりの2作目だ。「映画は高揚感がある。かける費用も時間も違う」。観客がお金を払う分、反響の大きさが違う。

 東映京都撮影所での劇場作品は徐々に減ってきた。橋本さん自身もテレビの仕事に比重を置く。だが可能性はあると確信している。それは東映がかつてお家芸にしていた時代劇。リアリティーでも、ファンタジーにも描ける底の深さがある。

 「チャンバラ・アクションが融合したしっかりしたドラマが作りたい」。本作でもCGや合成を使わず、スタントも極力避け、俳優の「生」の動きを大切にした。定番のマシンガンと稲妻もやめた。「アクションも演技の延長」と思うから。

 映画は監督のモノという。だが監督の顔が見える邦画は少ない、ともいわれる。「観客をグッとひきつける。名前で選ばれる監督になりたい」

[京都新聞 2006年2月26日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

橋本一(はしもと・はじめ)
映画監督。1968年新潟県出身。日本大卒。90年東映入社。テレビ時代劇「御宿かわせみ」で監督デビュー。2003年テレビドラマ「あかね空」で芸術祭優秀賞。04年京都映画祭で京都映画奨励賞。「科捜研の女」「京都迷宮案内」などテレビドラマを主に手掛け、現在は北大路欣也主演の時代劇「名奉行大岡越前」を演出中。京都市在住。

「喜びや痛みを感じ、共感できる人物像を描こうと思った。目より、肌で見る。そんな映画を作りたい」と話す橋本さん(京都市右京区・東映京都撮影所)

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