The Kyoto Shimbun

(16)笑福亭たま 「たまよね」

非落語的手法で自分の笑い古典の型打ち破り「いかに面白いか」


勉強会「たまよね」で新作落語の発表を続けている笑福亭たまさん。自分のお笑い観を露骨に表現し、客と対峙(たいじ)する(大阪市中央区難波・ワッハ上方)

 猫のような芸名から、かわいい芸風を想像するかもしれない。でも、先入観は、第一声で吹き飛ぶだろう。猫なで声とは正反対のよく通る声。落語家でも群を抜く声量だ。入門8年目。まだ荒削りだが、自身の笑いを赤裸々に表し、観客に挑む。そんな攻撃的でどん欲な姿が新鮮だ。

 「先輩に落語はもっとフレンドリーにせなあかんよ、って言われる。でも、よりよい落語を楽しんでもらおうとすることが闘いになってしまう」。こう話す笑福亭たまさん(31)が放送作家米井敬人さん(28)と昨年1月に始めた勉強会が「たまよね」だ。大阪・難波の演芸ホールで毎月開いている。

 2月の会。たまさんは座布団に座るなり、客に問いかけた。「今日(のネタの1つ)は『宿替え』と思てたんですが、もし『お玉牛(たまうし)』をやれといわれたら、やります。でも、『お玉牛』は春団治師匠バージョンでしかできません。1個も変えてない!どんなもんでしょう」

 勉強会とはいえ、こんな問いかけを客にする落語家は珍しい。大御所、桂春団治さん(75)から学んだ古典落語「お玉牛」を、予定では4月の勉強会で演じるという。その時は教わった型通りでなく、自分なりに変えると宣言。どこを変えるかも話してしまう。その語り口がまたおもしろく、客を引きつける。この日は結局、すでに自分流に変えた古典「宿替え」を披露。そこつな男が引っ越しするドタバタをオーバーなしぐさで笑わせた。

 若手落語家の多くが古典の型のなぞりに苦労しがちな中、ひたむきに自分の笑いを追究し、伝統と格闘している。型をそのまま継ぐより、いかに面白いか−そんなサービス精神を胸に落語の世界を広げようと奮戦中だ。

 落語界初の京都大出身。就職を考える大学3年のころ、やりたい仕事がなかった。あえて浮かんだのがテレビ局の裏方。昔からテレビっ子で、漫才やお笑いが好きだった。でも、同じパターンの笑いに飽きていた。そんな時に落語と出会う。「春団治師匠の『子ほめ』を聞いて、ごっつ新鮮やった。電車でウオークマンで聞いて1人ゲラゲラ笑った。だって、笑いの組み立てが違うねんもん」

 大学の落研に入部。落語会に通った。一番笑わせてくれたのが、笑福亭福笑さん(57)だったという。「この人だけの演出や個性があった」。大学卒業後すぐに入門し、福笑演出の落語を学んだ。

 「ゆくゆくは師匠のように自分の演出が入った『たま落語』を作りたい。みんなが呼吸困難になるぐらいまで笑わせたい」。夢を抱くが、しばらくは「師匠の真似だけでは『たま落語』にならない」と、悩んだという。

 そこで、自分なりの笑いの型を探ろうと新作落語を始める。「たまよね」もその一環。客にクイズを出しながら話を進めたり、「犯罪時効15分前」の犯人たちの状況をタイマーを置いて現実の15分で演じたり、非落語的な手法に挑戦している。

 経験から落語のルールがうっすらと見えてきたという。「落語は想像力に頼る芸。事象自体はコントや漫才より、きつい笑いで、現実だったらひくようなことを言わないと、笑いの振り切れ方が弱い」「でも、想像に頼るから、先の展開がある程度分からないと、お客さんが不安になる」…頭の中で笑いをどこまでも理論的に突き詰める。

 4月23日。京都市東山区の建仁寺禅居庵で、客と30分間の座禅をした後に落語会を開く。

 記者が「枝雀さんの笑いの理論『緊張と緩和』の実践?」とたずねると「いやいや、単に座禅をしたら何かあるかなと。でも、予約するのに人数が足りないから落語で人を集めようと思うて。ここに意味はないですよ。考えすぎですわ!」。笑いの嗅(きゅう)覚と理論を併せ持った、純な笑顔で突っ込んできた。

[京都新聞 2006年3月12日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

笑福亭たま(しょうふくてい・たま)
落語家。本名辻俊介。98年に京都大経済学部卒業。芸名は、実家のビリヤード店にちなみ、師匠が名付けた。自主興行「たまのフレンドリー寄席」で2004年度芸術祭新人賞。勉強会「たまよね」は4月からデラックス(偶数月)とリラックス(奇数月)に分ける。大阪市在住。

「落語は1人で何人も演じ分けることができ、バリエーション豊か。ウケる、ウケないも自己責任だから面白い」と語るたまさん

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