The Kyoto Shimbun

(17)中野振一郎 「チェンバロ協奏曲 ニ長調 1770年代ウィーン風」

「こんな曲を書いたのでは」の遊び心職人から芸術家へ 飛躍する華やかさ


バロック様式のホールでチェンバロを響かせる中野さん(京都市東山区・京都国立博物館)

 「18世紀のウィーンの雰囲気を楽しんでいただければ」

 1月中旬に京都国立博物館(京都市東山区)で開かれたチェンバロの演奏会。18本の石柱がそびえ立つ白亜の室内に、水晶玉を弾いたような硬質の音色が、郷愁を誘う旋律となって響いた。

 主役は、博物館所有のチェンバロを弾く中野振一郎さん(41)。天井に広がる30畳ほどの照明が、まるで天窓から降り注ぐ陽光のように会場をやさしく包む。上下2段の鍵盤を操り、清らかな音をリズミカルに刻む。脇を固める弦楽器のバイオリンやビオラが、流麗な音の運びでバロック音楽の心地よさを際立たせた。

 題名は「チェンバロ協奏曲 ニ長調 1770年代ウィーン風」。中野さんが18世紀の音楽をイメージして2年前から手がけている独創曲の一つだ。出身の京都では初演。楽器に近寄ると、推こうを重ねた手書きの譜面が新鮮に映った。

 「1770年当時のウィーンの音楽家なら、こんな曲を書いたんと違うかな、という遊び心です」と聴衆に説明した。演奏会では、同時代に活躍したモーツァルトやハイドンの名曲に続いて自作を披露。この日一番の拍手を受けて「まがいものなんですよ」と照れを隠した。

 バロック期(17世紀−18世紀前半)の花形だったチェンバロを操る鬼才は、演奏会場にもこだわってきた。

 バロック建築で知られる京都、東京、奈良の国立博物館には、2001年の独立行政法人化を機に出演している。

 京都国立博物館は、1897年に当時の宮内省技師が設計した重要文化財。これまでに3回演奏した。音の小さいチェンバロは、本体の天板を斜めに開けて、前方の観客側に向けて音を反射させることが多い。しかし、ここでは天板を取っ払っても響くので、出演者を囲むように客席を配置できる。中野さんは「宮廷音楽にふさわしい美しい空間」と太鼓判を押す。

 今年デビュー20周年。先人たちの遺産を忠実に再現する姿勢を持ち続けたからこそ、「作曲を手がける気持ちになった」という。底辺には、美しいバロックや古典派の音楽に比べて、メロディーがなく一般になじみにくい現代音楽に対する違和感がある。

 バッハやモーツァルトの時代の作曲家は、多くの楽器をこなす、すご腕の演奏家でもあった。ところが、録音技術の向上が過去の演奏との聞き比べを可能にし、演奏家のスターを生む。結果、作曲との分業が進んだ。

 「演奏しない作曲家が独創性を発揮しようとすると、現代のような(演奏能力が目立ちにくい)無調の音楽ばかりになる」。聴衆との隔たりを招きかねない危機感が、曲づくりの誘因になった。

 作曲だけでなく、埋もれた先達にも脚光を当てる。たとえば、バッハの二男で18世紀中ごろに活躍したC・P・E・バッハ(1714−88年)。3年前、散逸していた楽譜を復元した協奏曲を、本場ドイツ・ライプチヒの「バッハ・フェスティバル」で初披露する大役を果たした。翌年には、作品を取り上げた大阪での公演が評価され、04年度の文化庁芸術祭賞の大賞に輝いた。

 「彼の音楽は変化に富んで、いきなり笑ったかと思えば急に黙り込んだりする感覚。おしゃれで気まぐれな曲が、宮廷貴族たちに好まれたのでしょうか。当時は父親より有名でした」

 自作で想起した1770年代のウィーンは、サリエリやハイドンら古典派が台頭。想定した作曲家は「若いころバッハの二男にあこがれたインテリ。バロックの影響を受けつつ、音楽家が職人から芸術家に飛躍していく過渡期の華やかさを描いたつもりです」。

[京都新聞 2006年3月19日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

中野振一郎(なかの・しんいちろう)
チェンバロ奏者。1964年京都市生まれ。小、中学生時代を宇治市で過ごす。86年に桐朋学園大演奏学科(古楽器専攻)を卒業。91年にフランスのベルサイユ古楽フェスティバルに出演し、「世界の9人のチェンバリスト」に選ばれる。99年にバッハの大曲「ゴルトベルク変奏曲」を録音。東京、名古屋、ドイツで演奏した。03年度京都府文化賞。奈良市在住。

バロック音楽について「時代考証にもこだわり続けたい」と語る中野さん(奈良市内の自宅)

記事一覧

Copyright(C) 1996〜2006 The Kyoto Shimbun Co.,Ltd.