The Kyoto Shimbun

(19)野中久美子 「春、曙の若末」

聞く人の場の空気をつなぐ世界の美しさの発見のひとときを


神楽を奉納する野中さん(奈良県桜井市・大神神社)

 静まった拝殿に、能管の音色が響き渡る。3月7日、奈良県桜井市の大神神社。力強さと静寂さが交互に訪れる演奏は、風にざわめく木々を連想させる。神職の衣装、水干(すいかん)をまとい、野中久美子さん(43)は神楽を奉納した。毎年、初めて吹いたこの日に、同神社に演奏を奉納している。

 野中さんは能管奏者。能管は、本来は能楽の楽器だが、野中さんはソロ奏者として、異種の楽器や表現とつないでいく。昨秋はスイス人の筑前琵琶奏者、シルヴァン・ギニャールさんとのヨーロッパ公演。年末には全国7カ所の教会で「キリストの生誕」をテーマに、筑前琵琶と笙(しょう)の3人で洋の東西を超えた演奏。ほかにダンス、朗読とのコラボレーションも試みている。

 演奏の場所は、寺、神社、町家、街道の宿場、ライブハウス…などさまざま。3月26日には、新たに定期演奏をすることになった奈良市の今西家書院で、新曲「春、曙(あけぼの)の若末(うれ)」などを披露した。「鳥のさえずりや風の音、まわりの環境のなかで五感をとぎすませる場にしたい」

 なぜ能管を始めたのか。「最初は、思い込みだったんですけど」と、語り出すテンポは、ゆっくりしているが、口調はよどみない。

 十数年前、30歳を機に、これからの人生をどう生きるかと考えた。ピアノやバイオリンなどの楽器には親しんでいたが、「日本人として表現できるものは何か」と考えた。それが能管ではないかと思ったときは、漠然としていた。だが能楽笛方森田流の松田弘之氏に能管を学び、初めて吹いて音が出たとき、感じるものがあったという。「頼りない音だったが、体の奥に風が吹いた。ササの葉がサラサラと鳴ったような、雷に打たれたような感じがした」

 以来、能管を生活の中心にすえるため、2年のけいこの後、東京から実家のある京都に戻ることを決意。その直前、法事で戻った京都で、鴨川のほとりで笛を吹いていると、鬼の面を持った不思議な人が声をかけてきたという。工芸や茶道にかかわりがあるというその男性を通じ、裏千家の茶人、杉谷宗朱さんを紹介され、茶席で吹くことになった。京都ならではの「ご縁」。師匠の「ご縁の中で吹いていけばいいのです」という言葉を思い出した。

 その茶会への出演が出合いの場となり、大徳寺大慈院の住職から「もう1回聴きたい」と頼まれ、毎秋、大慈院で開いている演奏会「風響の会」につながる。以後、演奏ごとに「うちでも演奏を」と声がかかるようになり、3年ほど前から専業の奏者となった。

 演奏の場は、通常のコンサートとは一風変わった形をとる。「風響の会」では、庭園を背景に、夕方から夜へと暮れゆく時間帯で演奏する。「空気の『揺れ』がある場所。聞く人が場の空気を敏感に感じ取ってもらえる場所。出会いをつくっていきたい」。なぜなら演奏は、音楽だけでは完結しないと考える。「聞く人一人ひとりが、自然界の一部であることに気づいたり、世界を美しく感じられる発見のひとときにしてほしい」。聞く人が受動的にならずに、五感をとぎすます。そんな場の空気をつなぐのが能管の音色。

 能楽は、武家で愛好されてきた。能管の音色は、篠笛(しのぶえ)や龍笛(りゅうてき)とは違った硬質な音が特徴で、独特の力感がある。それが女性で表現できるかが問われるところだという。「男性の力感に、女性奏者が達することは難しいかもしれない。でも、体力差を超えたエネルギーの濃度を求めたい」。人と人の間をつなぐ能管。「1本の能管の中には、日本人の感性が凝縮されている。そのすべてを引き出せる奏者になりたい」

[京都新聞 2006年4月2日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

野中久美子(のなか・くみこ)
1963年京都市生まれ。国際基督教大卒。幼少よりピアノやヴァイオリンなど親しむ。チェロ・ピアノ・笙・琵琶などさまざまな和洋の楽器のほか、朗読や舞とのセッションも行う。これまで富士山5合目の小富士、屋久島縄文杉、下鴨神社糺の森などで野外演奏、全国の神社寺院での奉納演奏も数多い。毎年秋に大徳寺大慈院で「風響の会」を催す。長岡京市在住。

町家の中で筑前琵琶とのユニットの演奏も(京都市中京区)

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