The Kyoto Shimbun

(27)山岡徳貴子 「異邦人」

死の境界線を乾いた視線で残酷さとユーモア 不思議なリアルさ


「異邦人」の一場面

 山深い村の外れにぽつんと建つ古い小屋。インターネット上の集団自殺の呼びかけで集まった4人の女たちが、死にきれずたどり着いた。そこへ、死者の魂を呼び戻す不思議な人形を崇拝する村人たちが現れる。

 かたくなに死のうとする女、やはり死にたくないともがく女。だが、最後に、彼女たちは既に死んでいることが明らかになる。絶望の笑いが収まった後、4人と村人たちは、鬼ごっこを始める。それが、幸せを実感する唯一の方法であるかのように−。

 昨年12月に上演された山岡徳貴子さん(32)の戯曲「異邦人」は、死の境界線を見つめる作家の乾いた視線が印象的な作品だった。

 「何なんだろうね。死んでるんだよね、今。それでも楽にならないっていうのはさ。…ねえ」

 一人が思わずもらすせりふは残酷だ。しかし、村人が彼女たちに向ける思いは、どこまでもやさしい。冷たさと温かさ、人間の内部をえぐる残酷さと、それを笑い飛ばすユーモアが共存する世界観。それが、非現実的な物語の展開に、不思議なリアルさを与えている。

 「ニュースやワイドショーの事件報道で、コメンテーターが動機を推測したり、理由づけをするのを見ると、いつもうそっぽく感じてしまう」。山岡さんは言う。今作の題材のネット集団自殺は「気持ちが分かるようで、どうしても分からない部分があった」が、「人間って、理由がはっきり言えないことの方が多いんじゃないか。理由づけできない人を舞台に乗せて、そこから始めようと思った」。死んだことへの後悔、絶望、虚脱感を描くと同時に、登場人物が死を選んだ気持ちを分かろうと努力し、一瞬でもいいから人生を謳歌(おうか)させたいと思った、と振り返る。

 「お芝居なんて、とばかにしていた高校生」だった。だが、衛星放送で野田秀樹の舞台を見て、「内容は全く理解できなかったけど、人が集まって作品をつくる力を感じた」。奈良県の大学に入学すると同時に、演劇サークルの門をたたいた。

 人見知りで、人とコミュニケーションをとるのが苦手な性格。だが、演じること、せりふを話すことは、そんな自分を解放してくれる気がする。気が付くと、どんどんのめり込んでいた。

 その後、地元の京都で芝居をできる所を探していた時、鈴江俊郎主宰の「劇団八時半」に出会った。「胸がいっぱいになった。ささやかで、何も主張しない、ただ会話しているだけなのに、悲しさや優しさが伝わってくる。人間の深さを感じた」。すぐ入団を決めた。

 自分で戯曲を書き始めたのは翌年。他の劇団員が書いているのを見て、軽い気持ちで手を上げたのがきっかけだった。

 いくつかの作品で戯曲賞も受け、気鋭の実力派として注目を集めていた2003年、演劇をやめようと思い詰め、八時半を退団した。「思うような作品が作れず、芝居を楽しめなくなっていた」。化粧やおしゃれを楽しみ、芝居から離れようとした。だが、「何か足りない」。周囲の言葉にも後押しされ、再び書き始めた。1年7カ月ぶりとなった復帰作「笑役」は、心に傷を負った女性たちを繊細に描き、高く評価された。

 今も、脚本を書くのは苦しい。構想から完成するまで5カ月近く。一日一行しか進まない日もある。それでも、「演出に比べたら断然、書く方が好き。自分で世界をつくっていける」と顔をほころばせる。宗教団体の裏側、性犯罪者の矯正施設…。多くは社会的な事柄を題材にしながら、淡々とした、時にばかばかしい会話で登場人物の孤独や悲哀を浮かび上がらせる手腕は鮮やかだ。

 「演劇は限界がない、答えが出せないもの。常に違うものを見せ、人を新しくさせてくれる。だから、やめられない」

[京都新聞 2006年5月28日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

山岡徳貴子(やまおか・ときこ)
劇作家・演出家。1973年大阪市生まれ。99年、演劇ユニット「魚灯」を結成、2003年から劇団「魚灯」として活動。99年に「逃げてゆくもの」で第1回北の戯曲賞優秀賞を、02年に「祭りの兆し」で第8回OMS戯曲賞佳作を受賞。7月6−9日に大阪市中央区の精華小劇場で新作「善人の靴下」を上演する。京都市在住。

「一つの方法に安住するのはつらい。次回作では新しいことにチャレンジしたい」と語る山岡さん(京都市中京区・京都芸術センター)

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