The Kyoto Shimbun

(30)西川千麗 「オペラ『松風』」

心の支え失った女の切なさオペラ演奏で能の名作を舞う


オペラ「松風」で舞う西川千麗さん(左)と謡曲を披露する声楽家の小林真理さん(京都市左京区・京都造形芸術大)

 ♪汐汲(しおくみ)車 わづかなる 憂(う)き世にめぐる はかなさよ−

 5月中旬、京都造形芸術大(京都市左京区)で開かれたオペラ公演。わずかな明かりが差し込む舞台で、能「松風」の一節を、和服姿のメゾソプラノ歌手が謡う。

 舞台の下には、洋楽器の演奏家たち。バイオリンやピアノ、フルート、パーカッションなど10種類が、幻想的で、時に物憂げな旋律を奏でた。

 しかし舞台の主役は、能楽師でもオペラ歌手でもなかった。日本舞踊家の西川千麗さん。須磨の浦に流された都の貴公子、在原行平を慕い続けた悲恋の海女「松風」を演じた。

 日舞といっても派手な動きはなく、オペラのような物語性もない。

 松風は、行平の形見である狩ぎぬをまとい、後に未練を残すように引きずった。所作を最小限に抑えたしなやかな立ち居振る舞い。表情も能面のように揺るがない。押し殺したような間(ま)が、狂おしいまでの情念となって客席に伝わってきた。

 音楽の指揮は、フランス人作曲家のアセーヌ・ラルビ氏。彼の依頼を受けて、千麗さんが演出を手がけた。能や日舞とオペラでは、言葉の壁はもちろん、歴史や文化的な背景も異なり、合作はリスクを伴う。

 「だからこそ、単に華やかにみせる装飾やったり、説明の要る演出をはぎ取っていかんと、観客には伝わりまへん。人間の精神にある本質の部分だけを描くこと。東洋と西洋の芸術が交わる意義て、そういうもんやないかと思てます」

 宮沢賢治「よだかの星」や小泉八雲「雪女」など数々の文学作品を自身の感性で舞踊化してきた。海外でも披露してきた経験が自信を深める。

 千麗さんがオペラ演奏で能の作品を舞うには、まず能と日舞を融合する前段階が必要だった。2年前の秋、「松風」の謡曲本を読み込み、「松風幻想」と題した新作舞踊を京都で披露した。

 能楽師の謡いと大鼓(おおかわ)、小鼓に、琴唄を加えた演奏に合わせて舞う。能では松風の霊以外に、妹の村雨や物語の経緯を伝える旅の僧らが登場するが、千麗さんはこれらの脇役をあえてはずした。

 「伝統の様式や説明を省くのは勇気が要ります。でも、日舞の手法で松風の内面を観客に感じてもらうには、思い切りも欠かせしまへん」

 実は、日舞には松風を題材にした長唄「汐汲」があり、歌舞伎でも上演されている。千麗さんも10代の修業時代に習ったが、どうしても好きになれなかったという。

 汐汲では、金色の三段重ねのえぼしをかぶった華やかな衣装の松風が、小道具であるてんびんのおけを優雅に操る。「踊り手を美しくみせるだけの作品に思えてしもうて。かなわぬ恋で心まで病んでしまった本来の松風ではないはずです」

 松風幻想では、能には出てこない在りし日の行平を、弟子に舞わせ、今回のオペラでも踏襲した。手前の花道に松風、舞台奥に行平の幻影という空間をつくり出し、夢幻の世界を際立たせた。

 生きる心の支えを失った女性の切なさ。千麗さんは、別の創作舞踊で、巨匠ロダンの恋人だった女性彫刻家カミーユ・クローデル(1864−1943年)に、松風の傷心を重ね合わせた。今、この作品を海外で公演する準備を進めている。

 カミーユの才能は、ロダンの出世作に欠かせなかったという。しかし、ロダンと別れた女性に当時の世間は冷たく、彼女は新たに作品を発表する機会のないまま、精神病院で亡くなった。

 「女性の表現、アイデンティティーが認められなかった世の不条理。松風も同じで、心の病はだれでもなりうる。彼女らの魂に任せて舞う。それが理想なんです」

[京都新聞 2006年6月18日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

西川千麗(にしかわ・せんれい)
日本舞踊家。京都市出身。日舞の西川流2代目家元鯉三郎氏、3代目右近氏に師事。1981年から創作舞踊公演「千麗舞の夕」を京都と東京で始める。同年、京都市新人芸術家奨励賞。海外公演はポーランド、スイス、ドイツ、フランスなど。代表作に宇野千代原作「おはん」、河合隼雄原作「阿留辺機夜宇和(あるべきようは)」など。2001年府文化賞功労賞。02年日本文化藝術奨励賞。京都市中京区在住。

「人間の性(さが)は、東洋も西洋も変わらしません。余分なものをそぎ落とす作業から、本質がみえてくる」と語る西川千麗さん(京都市中京区のけいこ場)

記事一覧

Copyright(C) 1996〜2006 The Kyoto Shimbun Co.,Ltd.