The Kyoto Shimbun

(34)山本太郎 「紅白幔幕図」

現代日本ユーモアたっぷりに琳派目標に置く「ニッポン画家」


山本さんの作品「紅白幔幕図」(2005年)

 祇園祭が最高潮に達した京の町。旧家が秘蔵の美術品を披露する屏風(びょうぶ)祭がにぎわう中、山鉾町から北上した三条通や新京極のかいわいで、テレビヒーローや巨大ロボット、米国旗やファストフードのキャラクターの屏風や掛け軸が並ぶ、もう一つの「屏風祭」が繰り広げられているのをご存じだろうか。

 名付けて「日本゜(ニッポン)画屏風祭」。「祇園祭の『屏風祭』へのあこがれを表現した」と、17日までギャラリー射手座(京都市中京区三条小橋西入ル)をはじめ中京区内の寺院や飲食店、着物店など計9カ所で自作の絵画展を開いているのは、日本画ならぬ「ニッポン画家」を名乗る山本太郎さん(32)。着物姿は似合っているが、よく見ると柄は信号機だったり。はき物は、金襴(きんらん)を張ったスニーカー。現代と伝統とを混ぜ合わせるパロディー、あるいは風刺なのか。

 「古い寺を訪ねた後に、昼食がハンバーガーだったりとか、今の生活では普通にあるでしょう」。とりわけ京都では、文化財や美術品をふだん目にすることができるが、街は次々と新しく変わっていく。そうした現代の日本を表現したのだという。

 どうしてこんな作品が生まれてきたのか。「日本画とは何だろうという疑問が、大学に進んだときにわき起こってきた」のがきっかけという。日本の伝統的な絵画は軸装や屏風、障壁画などで、生活空間にしつらえるものだった。ところが、近代になると「美術作品」として美術館に展示されるようになり、額装され、サイズも大きく、塗り方も油絵ばりに厚塗りになってきた。「生活と切り離され、『美術』という文脈の中の存在になりはててしまったのではないか」。

 最初は日本の現代文化への疑問も込めて、「日の丸」の中に、米国の消費文化を象徴する商品のロゴなどを描く作品を描いていた。しかし、指導教員からは「これは日本画ではない」と無視され続けた。だが、「それならば『ニッポン画』だ」と切り返すところがたくましい。卒業制作は、大学当局が進めた短大廃止方針などに「学生不在だ」と反対し、日章旗のもと、詰めえり姿の理事長の像がひな壇に並んだ皮肉いっぱいの「京都文芸復興万歳図屏風」。初の「買い上げ」になったとか。

 日本画に対する疑問を抱いていたのは山本さんだけではなかった。卒業後、知り合った同世代の日本画家の三瀬夏之介、船井美佐さんらとも問題意識を共有するようになり、昨年6月、若手作家の自主企画展「日本画ジャック」を京都文化博物館で開催した。どこまでも富士山が続く巨大な画面、線画で書かれた動物や植物が見ようによって変身して見える絵など、12人の画家が「日本画」への思いをそれぞれの作品に表現。さまざまな反響があり、中心メンバーの名古屋での展覧会への招待などにつながった。

 学生時代には能を、いまは茶道を習う。山本さんの作品は一見、風刺かと思わせる第一印象とは裏腹に、屏風や掛け軸の形など、日本の伝統絵画の形式を踏襲し、伝統的な木造建築にも、現代のビルの中にもよく似合う。

 日本画に現代のアニメや工業製品のイメージを組み合わせる作家は、ほかにいないわけではないが「それが単に美術業界内でのパロディーなのか、伝統へのあこがれが感じられるかの違い。今の文化全般と関連させたものとして、絵を表現したい」。「日本画屏風展」のオープニングには、パンを素材にした作品などを手がける若手陶芸家、宮川真一さんとのコラボレーションの器も。「目標にしたいのは、絵師であり総合デザイン事務所でもあった琳派」。混交的な現代の日本のありようをユーモアたっぷりに追求する。

[京都新聞 2006年7月16日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

山本太郎(やまもと・たろう)
1974年熊本県生まれ。京都造形芸術大卒。99年から「ニッポン画」を提唱、現代風俗と個展絵画をミックスさせた作品を展開している。京都を中心に大阪、東京、名古屋などで個展、グループ展を開催。京都造形芸術大(京都市左京区北白川)の「混沌から踊り出る星たち」展(8月1日まで)でも作品を展示する。

「現代の文化を少しだけ日本の伝統に近づけたい」と語る山本太郎さん(京都市左京区・京都造形芸術大)

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