The Kyoto Shimbun

(39)齊藤一郎 「ライブシネマ『街の灯』」

京響の生演奏でチャプリン映画せりふ以上の効果 センスを生かして


京都市交響楽団の生演奏で上映された映画「街の灯」(京都市左京区・京都会館第二ホール)

 チャプリンの無声映画「街の灯」(1931年)を、オーケストラの生演奏で楽しむ−。フィルムに焼き付けられた録音演奏を流さない、ちょっぴりぜいたくな上映会が5月中旬、京都会館第二ホール(京都市左京区)で開かれた。

 銀幕の前では、約60人の京都市交響楽団が、オペラ公演のように客席に向かって陣取った。タクトを振るのは齊藤一郎さん(37)。上映が始まると、ロマンチックな弦楽器の旋律や、打楽器やトランペットを使ったコミカルで迫力のある効果音が会場に響いた。

 チャプリン演じる放浪者が目を患った花売りの娘に恋をして、金策に走り回るラブコメディー。まるで、生演奏に合わせるかのように、映像のチャプリンがおどけ、はしゃぎ回る。笑いに包まれた客席は、次第に物語の世界にひきこまれ、時にオーケストラの存在すら忘れさせてしまう。

 出演者の中で映像を見られるのは、指揮者だけ。観客がニヤリとする場面も「タイミングを間違えれば、しらけてしまう」。待ってはくれない映像と共演する緊張感の中で「本番が一番うまいこといった」。珍しい試みに、手探りのままリハーサルをこなしてきた齊藤さんは振り返る。

 オーケストラの生演奏でチャプリンの映画を上映する公演は、約10年前から欧米で行われている。国内では昨年、齊藤さんが京響と手がけた「キッド」(21年)が初の試みで、ほかに追随する人はいない。

 ボクシングのゴングシーンやサイレン、チャプリンののどにつかえた笛が鳴る場面…。第2弾の今回は音楽だけでなく、すべての効果音もライブ演奏にこだわった。

 指揮の依頼を引き受けると、休日返上で楽譜を2カ月間かかって読み込み、必要な個所はDVDで100回以上も確認した。

 たとえば、大勢の前で披露された馬と女性の像に登ったチャプリンが、衣服をひっかけてずっこけるシーン。チャプリンの動きと、フィルムに焼き付けられた演奏のタイミングが、明らかにずれているのが分かった。

 「公演で修正するのにためらいはなかった。きっとチャプリンが現場で指揮しても、そうするだろう」。スタッフの準備や打ち合わせも含め、たった1回の上演のために「これほど労力と時間を割いた作品は記憶がない」という。映画に対する思い入れと、割れんばかりの拍手に包まれた客席の反応が、自信の背景になっている。

 指揮者になるまでの経歴が、異彩を放っている。東京の学生時代に見た映画は約1000本。仲間と8ミリ作品を作るなど、一時は映画監督も夢見たが、指揮者を目指してからは音楽の勉強に一念発起。英才が集う東京芸術大に入り直して指揮科を首席で卒業した。

 礼儀正しさは他の指揮者と変わらないが、普段はリーゼントの髪形にTシャツとジーパン姿。仕事場には、サーキット用の愛車で乗り付ける。やんちゃで兄貴分的な存在感は、上品でおしとやかなクラシックのイメージからはほど遠い。

 「社会の不条理を描く不屈の精神。権力に対する反発や人間の本性。世俗的な映画から人生を学んだ点は多く、自分の音楽性にも反映している」という。

 チャプリンは、映画で流れる曲をすべて自身で手がけた。晩年は、フィルムに音楽が焼き付けられなかった初期の作品の曲づくりに没頭するほど、情熱を注いだ。

 「観客を楽しませるピエロが、時に人生の悲劇を暗示しているように、こっけいな場面で流れる悲しげなメロディーが、その先の展開を予兆し、観客の感情移入を誘う。音楽に、せりふ以上の効果を持たせた彼のセンスを生かした演奏を心がけたい」。労をいとわない決意に、次回作への期待が高まる。

[京都新聞 2006年8月20日掲載]

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齊藤一郎(さいとう・いちろう)
福井県大野市出身。東京学芸大と東京芸術大を卒業後、1997年に岩城宏之氏のアシスタントを務め、同年、大阪センチュリー交響楽団を指揮してデビュー。98年ウィーンに留学。これまで、NHK交響楽団、大阪フィル、日本フィルなど国内の主要オーケストラを指揮した。2000年から04年までN響のアシスタントコンダクターを務めた。

「作り手のメッセージが伝わる演奏を心がけたい」と話す齊藤一郎さん(京都市北区・京響練習場)

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