The Kyoto Shimbun

(40)華雪 「書字パフォーマンス」

字と格闘 制作過程も「作品」実用と芸術の間で 生きた筆跡追求


観衆の前で精神を集中して筆を動かす華雪さん(名古屋市・日本陶磁器センターホール)

 「字の形に、息を吹き込むように書きます。その息づかいが感じとれる所まで近寄ってください」。名古屋市にある日本陶磁器センターのホール。書家・華雪さん(31)の声に、会場の空気が張りつめた。

 約50人の観衆が取り囲む中、長い髪を束ねた華雪さんは座り込み、床に置いた90センチ四方の紙をじっと見つめる。おもむろに太筆に墨をつけ、左手でゆっくりと毛先をしぼった。筆は小学生の時、自らの毛髪で作ったもの。自分の体の一部だった、その毛先をいたわるように触れ、心を研ぎ澄ませた。

 やりをつかむように右手で筆を握り直し、紙と対峙(じ)する。満身の力をこめた筆が、一気に動き始めた。書かれた字は「前」。一部分がにじみ、かすれた、太く躍動的な書が生まれた。が、華雪さんはそれをしばらく見ると、紙を丸め、投げ捨てた。観衆からため息がもれた。

 華雪さんの「書字パフォーマンス」は、こんな「字を書く」行為を繰り返す。その間、約30分は口を開かない。字と格闘する様子だけを見てもらう。結局、「前」を14回書き、納得した作品は5枚。ようやくふだんの柔らかな表情に戻り、「前」を書いた理由、書に対する思いを語り始めた。

 「一つ一つの字に、はっきりしたストーリーがある」。「前」は旅にちなんだ漢字だ。足形を表し、歩く意を持つ「☆」、水盤を示す「月」、刀を指す「○」が組み合わされ、「旅の後、自分の家に戻り、水盤で足を洗い、刀で伸びたつめを切る。そしてまた、旅に出る意味」。成り立ちを解き明かし、言葉を続けた。
(☆は「前」の「月」とりっとうを取った上の部分、○は部首のりっとう。)

 「私は京都で生まれ育ち、今、東京に住んでいる。その中間点が名古屋で、昨年も同じ時期にここで字を書いた。字を通して旅をしているよう。書くことで、新たな自分や人に出会う」

 書を始めたのは5歳の時。住んでいた向日市の書道教室で、前衛書道の創始者・上田桑鳩に師事した女性指導者に学ぶ。「漢字には成り立ちや意味がある」と教えられ、辞書「字統」や「字通」を読んで字の奥深さに引き込まれた。当時から床に紙を広げて書くスタイル。筆を持つと集中するあまり、「近寄り難い」とも言われた。

 10歳で自分で決めた雅号「華雪」を名乗り、高校1年で初めて個展を開いた。毎年個展を続け、7年前、何げなく会場の片隅で筆を走らせると観客が集まってきた。「出来上がった書だけでなく、制作するプロセスも『見せる』作品ではないか。全体像として書への思いを伝えたい」。以降、個展にパフォーマンスを加え、野外で字をつづったこともある。

 今年6月には、篆刻(てんこく)作品も含め4冊目となる作品集「書の棲処(すみか)」を出版した。「刻」「花」「風」…。なぜこの字を書こうと思ったのか。どんな成り立ちか。書き出すまでの心境を散文に込めた。「選んだ字を分析すると、自分がその時、何を考えていたかが分かる」。一つの字を書くことは1人の人と向き合うことに似て、「日常生活と切り離せず、生きていることを実感できる」と穏やかに語る。

 完成した書は装丁したり、額に入れない。壁や窓辺に張って風になびかせ、陽光に透かしたりする。そんなアトリエでの姿を、作品集でも写真で伝えた。

 ふだん書く実用的な字と芸術の字の境界はどこか−。この問いを持ち続けている。書を古くさく難しい「芸術」の枠にとどめず、日常と結び付いた生きた表現として追求したいと思う。目指しているのは、実用と芸術のはざまで字を自立させること。例えば、著名な小説家など故人の日常の筆跡を残す原稿が、後に「作品」に変わることがある。そんな転換点、はざまに興味がある。

 「どんな字にも人の気配が残る。その字を書いた手や書き方が気になるような書家を目指す」

[京都新聞 2006年8月27日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

華雪(かせつ)
書家。向日市生まれ。立命館大卒。1995-2001年日本書道研究所日本書展入選。00、01年和紙画展アート部門入選。個展のほか、書と篆刻のワークショップを京都(京都精華大公開講座)、大阪、東京で毎月開催。05年には原美術館(東京)でもワークショップを開いた。作品集に「静物画−篆刻ノート」「石の遊び」など。昨年9月から東京都在住。

「字を書くことは自己表現というより、自分が存在している理由という感覚がある」と話す華雪さん(京都市中京区・京都新聞社)

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