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下出祐太郎氏 高台寺蒔絵、世界懸け橋に
しもで・ゆうたろう 漆芸家・詩人。下出蒔絵司所三代目。博士(学術)。伝統工芸士。京都工芸繊維大伝統みらい教育研究センター特任教授。京都伝統工芸大学校教授。

 私は伝統工芸である漆工芸の蒔絵(まきえ)を生業としている。縁あって、高台寺のご厚意と当時の京都市デジタルアーカイブ研究センターなどの協力を得て、2002年から高台寺霊屋(おたまや)に展開されている高台寺蒔絵の調査、研究をさせていただいた。
 高台寺蒔絵の特徴は、平(ひら)蒔絵、絵梨子地(えなしじ)、針描(はりが)きと言われるが、なんといっても桃山様式の豪華絢爛(けんらん)な秋草を、それまでになかった大画面で表現したことである。だが、以前から高台寺蒔絵の荒っぽさに疑問を抱いていた。金の菊花等の針で引っ掻(か)く表現が無秩序で荒っぽい。絵梨子地は漆の塗り固めが不十分な上、研ぎの放置がある、などなど。当時の為政者豊臣秀吉の伏見城の遺構と伝わる蒔絵としては、「謎」だと私には映った。
 蒔絵に使用する金粉は、現在80種類余りある。粉末の形状と粗さの異なるものを表現によって使い分ける。そして金粉によって技法が異なる。高台寺蒔絵の研究は、高精度精密画像による金粉の特定と、加工技術が考察でき、「謎」が氷解するなど多くの成果を得た。私の夢は、成果の社会還元に繋がる。
 歴史的背景からみると、世は戦国時代であり、種子島に鉄砲伝来があったのち、イエズス会の宣教師たちがキリスト教の布教を展開している最中である。今に伝わるおびただしい蒔絵のキリスト教用具や南蛮漆器や輸出漆器が物語るように、日本の蒔絵はヨーロッパの人々を魅了したのであった。以来、東インド会社の交易や近世の万国博覧会関連での漆器の輸出が続くことになる。
 私は、高台寺蒔絵を輸出漆器の原点と位置づけている。日本が独自の高度なものづくり技術により輸出業を展開してきた原点でもあるといえる。
 私の夢は、その原点である高台寺蒔絵を現代によみがえらせ、伝統的な美意識とものづくり文化でもって、再び東西文化をつなぐ友好の懸(か)け橋とすることである。具体的には研究成果の高台寺蒔絵技術による復元的制作屏風(びょうぶ)を数十点制作し、ゆかりのヨーロッパの都市に展観してまわる計画だ。原資を企業メセナに募集中である。
 1月には、当会理事の濱田泰以京都工芸繊維大大学院教授と渡英し、ロンドンの国立ヴィクトリア&アルバート美術館での第1作目の復元的制作屏風展示が決まった。本年10月である。乞(こ)う、ご期待。
(NPO法人高台寺蒔絵技術等保存伝承会代表理事)

[京都新聞 2011年02月20日掲載]