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凍結胚紛失問題 生殖補助医療の法整備を

報道部 冨田芳夫
凍結保存していた「胚」の紛失が明らかになった身原病院(京都市西京区)
凍結保存していた「胚」の紛失が明らかになった身原病院(京都市西京区)

 京都市西京区の産婦人科病院「身原病院」で9月、不妊治療中の女性患者の受精卵を培養し、凍結保存していた「胚」がなくなっていたことが分かった。凍結胚を用いた体外受精による出産は増えているが、その管理や運用は学会の指針があるのみで、事故の際の報告義務はない。早急なガイドラインの策定や法整備の検討が求められている。

 凍結胚は、女性から採取した卵子を受精させ、細胞分裂した受精卵を子宮に着床する直前の状態で凍結させたもの。着床しやすい時期に受精卵を移植することができ、複数の胚の保管も可能で、次の妊娠に活用できるなどの利点があるとされている。

 同病院での紛失が表面化したきっかけは、被害者の女性によるツイッター投稿だった。女性は3年前、複数の胚の保存を開始。昨年9月に子宮に戻すために、容器から解凍した際に保存していた一つがなくなっていた。投稿は瞬く間に1万回以上転用され、不妊治療をする人らから「一つの胚がどれだけ大切か痛いほど分かる」などの声が次々と寄せられた。

 京都市内の別の病院で凍結胚を用いて2児を出産した女性(44)は「受精卵は命そのもの。一つ一つにその子の人生が想像できた」と話す。不妊治療に至る事情はそれぞれで「当事者は苦しい思いを抱えており、病院との信頼関係がなければ治療は続けられなかった」と振り返る。

 凍結胚を用いた出産は、日本産科婦人科学会に登録された全国615の医療機関で行える。同学会は胚の保存や識別に関して「安全かつ確実に行われるように十分な設備を整え、細心の注意を払わなければならない」とする見解を示すが、具体的な運用は各医院に委ねている。

 厚生労働省によると、昨年の初産の平均年齢は30・7歳で20年前より3・2歳上昇しており、不妊治療の需要が増えている。体外受精も増え、同学会によると、昨年は過去最多の5万4110人の赤ちゃんが生まれた。出生数全体の5・5%を占めている。

 不妊治療の進展を見据え、2000年と03年に国の専門委員会が報告書をまとめ、生殖補助医療の情報を管理する公的機関の設置などを提起したが、いまだに実現していない。一方で、08年には香川県で誤って他人の受精卵を移植された女性が胎児を人工中絶する事故も起きている。

 今回の胚の紛失について、市内の産婦人科医は「絶対にあってはいけない問題。産科医療全体への信頼問題につながっている」と指摘する。自主規制には限界があり、胚の運用や管理に関する行政のチェックや事故時の報告などの検討も必要だと語った。

 立命館大の二宮周平教授(家族法)は、胚の保管の在り方や治療に関する同意の求め方などで法整備の必要性を訴える。胚を用いた再生医療の現状も踏まえ「定期的な保管状況の報告や余剰胚の利用方法など、最低限のルールを定める時期に来ている」と話す。

 わずか0・1ミリの凍結胚だが、その重みは新たな家族を待ち望む夫婦にとっては計り知れないものだ。誰もが安心してお産をするために、改めて公的議論の高まりが求められている。

[京都新聞 2018年10月31日掲載]

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