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日本での「ハラール」 「食」契機に異文化理解を

南部支社 中西英明
京都大宇治キャンパスの食堂で、自らも開発に携わったハラールメニューを味わうカントシュさん(左)と家族=2018年12月21日、宇治市五ケ庄
京都大宇治キャンパスの食堂で、自らも開発に携わったハラールメニューを味わうカントシュさん(左)と家族=2018年12月21日、宇治市五ケ庄

 食べると自分の人生が罪深いと感じる物が、身の回りにあふれていたら−。日本に暮らすムスリム(イスラム教徒)の苦労を、取材を通して知った。

 昨年5月から今年1月までの山城版連載「ともに暮らす〜国を超えて」で、地元にいる外国人たちのさまざまな姿を取り上げ、共生社会を考えた。京都大防災研究所(宇治市)の准教授で、エジプト出身のカントシュ・サメさん(45)は、同大学宇治キャンパスの食堂に、ムスリムが安心して食べられるメニューを導入することに尽力した。

 イスラム教では、神に許されたことを意味する「ハラール」に対し、豚肉や酒などは、神が摂取を禁じる「ハラーム」な食品に当たる。「ハラールを食べるのは、私にとって神の命令。ハラームを食べるのは有罪なんです」とカントシュさんは言う。

 技能実習などで日本で働くムスリムは増え続けている。政府統計によると、ムスリムが国民の約9割を占めるとされるインドネシア人は、2018年6月末時点で国内に約5万2千人で、5年前から倍増。改正入管難民法の施行でますます増えるだろう。

 宗教的には寛容とされる日本だが、食に関して宗教が異なる人を迎え入れる社会基盤が整っているとは言い難い。カントシュさんが食堂にメニューの開発を求めたきっかけは、2009年に来日した時、大学の食堂で何が食べられるか分からず戸惑ったからだった。長男アイハム君(10)は小学校入学当初、毎日弁当を持参したが、「自分だけがほかの子と違う」と気にしてあまり食べず、体重が減り続けたこともあった。

 インドネシア出身の技能実習生の男性は、「豚」と「酒」の漢字を覚え、外食では常に注意を払うという。

 京都ハラールネットワーク協会(京都市中京区)の野山博子代表理事は「ムスリムでもハラール食への考え方は人それぞれ。酒を出す店に入ることさえ避ける人もいる」と話す。事業所が扱う食品や調理器具などがハラールかを認証する団体は国内に多くあるが、野山さんは「認証をビジネスと割り切っている団体もある」と指摘する。

 私たちに何ができるだろうか。野山さんは「ムスリムにとって、『自分たちのことを知り、考えてもらっている』と思えることがうれしさになる」と、ヒントを話す。

 城陽市内の防災訓練では、豚汁をムスリムだけが食べられないのを気の毒に思い、「豚なし汁」を考案した住民がいた。アイハム君の小学校では、担任教諭が給食の献立表に印を付けてくれるようになり、週に2〜3回は給食を食べられるようになった。

 食という生活の基本を入り口に、異なる文化的背景を持つ人のことを知り、理解しようとする姿勢が広がっていくことを期待したい。

[京都新聞 2019年1月23日掲載]

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