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丹波の米 水田文化、継承へ発信を

南丹支局 秋田久氏
山あいの水田で米を収穫する住民たち (南丹市美山町)
山あいの水田で米を収穫する住民たち (南丹市美山町)

 「米はつくっても、もうからない」。農家の方から取材の中でよく聞く言葉だ。本紙丹波版で昨年5月から「丹波訪米記」を連載し、亀岡、南丹、京丹波の2市1町の米に関する物語を追っている。取材を通じて、米は採算性だけで捉えるのではなく、農村の文化や歴史に欠かすことのできない存在で、水田には防災的な機能があると改めて感じている。

 今の米となるまでの来歴について、龍谷大の猪谷富雄教授(作物育種学)は「22種ある野生のイネはすべて赤米。進化の過程で変異によって白米ができ、農民が白米を積極的に選択して増やしていった」と指摘する。

 明治時代以降、国は品種改良を進めて食糧難が起こらないように多収量で冷害に強い米を生み出してきた。亀岡市出身の技師並河成資(1897〜1937年)が開発を手掛けた「農林1号」は現在、作付面積1位を維持する、コシヒカリの親となった品種だ。知恵の蓄積が今の安定生産につながっている。

 丹波の祭りや風習には米に関わるものが多い。米の豊凶をかゆや綱引きで占い、豊作になる過程を再現するお田植え祭を催して祈りを込めている。行事は地域の絆を育むのに一役買う。米を使ったサバのなれずしやとち餅、納豆餅などの郷土食は、ファストフード時代にあって、食の多様性を彩っている。副産物のわらから、一昔前まではわらじやロープなど生活用品を制作してきた。米は酒となり、みそづくりに使うこうじにもなる。

 非農家の増加や人口減少と歩を合わせるように、伝統行事や風習は簡素化や消滅化が進む。わらの技術はしめ縄に残っているが、次の世代への継承は十分とはいえない。悠久の時を経て連綿と続いてきた文化の断然が起こりかねない。

 加えて水田は防災機能も果たす。亀岡市では周囲より堤防が低い霞堤(かすみてい)があり、桂川の増水時には水田に水が流れ込み、下流の被害を軽減するシステムが今も生きている。貯水力のある水田の減少は、流域の保水力の低下を意味する。

 米の生産で国は専業の農業法人や組合などによる大規模化を推進するが、自給的な農業を行う兼業農家の支援も非常に重要だと感じる。担い手が一極に集中すると、災害時のリスクは高まり、水田との関わりの希薄化は行事や文化の衰退につながるからだ。

 新規就農はハードルは高いが、農業を生活に取り入れながら自分の好きな仕事をする「半農半X」のライフスタイルも注目されている。非農家出身者や移住者が米作りに参入しやすいよう、手続きや金額面で負担になる農地や農業機械の賃借制度の充実が必要との農家の声もある。

 記者が南丹市美山町で体験した米の収穫は黄金色に実った稲穂から幸福感や食のありがたさを感じた。次世代を担う子どもたちにも体感してほしいと思う。農家の高齢化は限界に達しつつある。米の文化や意義を発信して多様な担い手が水田を引き継ぐ取り組みが急がれる。

[京都新聞 2019年1月30日掲載]

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