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不適切な鉄剤注射 陸上競技の魅力奪う行為

運動部 河北健太郎
第37回全国女子駅伝の中継所でたすきを受け渡す選手たち(京都市、2019年1月)
第37回全国女子駅伝の中継所でたすきを受け渡す選手たち(京都市、2019年1月)
 

 2020年東京五輪が近づき、日本陸上界は活況を呈している。中長距離を底上げする駅伝は今季の主要大会が終わり、ランナーの好走が見られた。その一方で、ジュニア大会で話題になったのが不適切な鉄剤注射だった。

 一部のチームが貧血治療用の鉄剤注射を競技力向上のために使用している問題を受け、日本陸連は昨年12月、鉄剤注射を「原則禁止」とする方針を発表した。医療行為でドーピングにはならないが、鉄分を過剰に摂取すると、肝臓や心臓などに機能障害が出る可能性がある。

 不適切使用の背景の一つに過度な食事制限がある。体重を軽くするために無理に食事を制限すると、必要な栄養が足りなくなり、貧血に陥ったり、けがが増える。特に女子は生理があるため、普段から貧血に悩む選手が多い。軽い体重を維持しながら走れる状態にするため、鉄剤注射を使って血中で酸素を運ぶヘモグロビンを増やし持久力を高める構図だ。

 陸上関係者によると、あるチームは指導者の指示で駅伝の主力メンバーだけが病院で鉄剤注射を打っており、初めて病院に行くように言われた選手は「やっと駅伝メンバーに選ばれた」と、鉄剤注射を前向きに考えていたケースもあったという。勝利至上主義にとらわれた指導者と、選手の症状を把握せずに注射する医師が問題なのは明白だが、選手自身が栄養などの知識を高めることも重要だ。

 日本陸連の河野匡長距離・マラソンディレクターは鉄剤注射による心のダメージを懸念する。「鉄剤注射でいい記録が出た選手は、その後にけがをしたり、記録が出なかったりすると立ち直ることが難しくなる。将来、マラソンに挑む可能性のある選手が体と心がぼろぼろになっている」と憤る。

 五輪マラソン代表は、ジュニア時代に全国の舞台で優勝していない選手が多い。全国都道府県対抗女子駅伝を例にとっても、バルセロナ五輪銀、アトランタ五輪銅の有森裕子さんは高校3年間は補欠だった。アテネ五輪金の野口みずきさんも高校時代は区間賞を取っていない。ロンドン五輪代表の木ア良子さん(宮津高―佛教大出)のデビューは大学3年生と遅かった。また、リオデジャネイロ五輪代表の伊藤舞選手(大塚製薬、京都橘高―京都産業大出)は全国高校総体に出ていない。

 中学や高校、大学などで一定の結果を出さないと、上のカテゴリーで競技を続けられない一面はある。だが、シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんは「指導者は伸びしろを見ている。タイムや順位だけを追わなくても大丈夫」と語る。高校2年で初出場した全国女子駅伝は2区区間45位。当時の悔しさや泣いた思い出をとても大切にしていた。「区間45位の選手でも金メダリストになれるんですよ」。若い選手にエールを送った。

 自分の体と気持ちに向き合い、限界に挑むことが陸上競技の醍醐味(だいごみ)だ。結果が出なくても、努力や過程にも意味があると思う。競技力向上のための鉄剤注射は、陸上競技の魅力を奪う行為だ。

[京都新聞 2019年2月27日掲載]

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