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家康が礼状、わずか2軒が伝える「このしろ寿し」特異な製法

おからを腹に詰めた全国でも珍しいこのしろ寿し
おからを腹に詰めた全国でも珍しいこのしろ寿し

 ぷっくりと膨れた銀色の魚の背からは、酢飯の代わりに詰められたおからがのぞく。さっぱりとした甘酸っぱいコノシロとおからの素朴な味わいが調和を織りなす。「ここ独自の味。久美浜湾で捕れる魚だからこそできる味なんです」。このしろ寿(ず)しを作る河清商店の店主河村隆司さん(67)=京都府京丹後市久美浜町=がほほ笑む。

 全国的にも珍しいおからを詰めた魚の姿ずし。幼魚のシンコやコハダは江戸前のすしねたの定番で、久美浜では豊漁のコノシロを生かすために保存食として古くから親しまれてきた。ハレの日にも食され、「昔は『この城を守る』という意味も込めて結婚式にも出たんですよ」と妻の美重子さん(62)。

 大正時代編さんの「京都府熊野郡誌」には、細く切ったコノシロの身をおからにまぶした「みぞれ寿司」が時代とともに今の姿に変化したと記す。近くの如意寺に残る文書によると、丹後国を治めていた細川家が謀叛(むほん)の疑いをかけられた際、久美浜城主だった松井康之の進言で2樽が節句の祝いに徳川家康に贈られた。家康は「たいそう美味であった」とする礼状を下し、細川家は難を逃れたという。

 コノシロは11月から冬の冷え込みとともに旬を迎える。河清商店では、背を割り酢で締め、いったおからにユズの皮や麻の実、調味料を加えて腹に詰める。コノシロの体長は約20センチで、久美浜湾のものは他よりも小さく、脂がのっていてもさっぱりしているという。

 冬は雪に閉ざされ湾内で豊富に取れるコノシロを用いた郷土の味だったが、近年は他の魚も流通するようになり食されることも減ってきた。かつて町内に10を超えた業者も今では2軒となり、漁師も2人に。厳冬の湾内での漁。兼業漁師の宮本隆さん(77)=同町=は「コノシロ漁は経験がいる。すしに合うコノシロはここでしか取れん。あと10年は頑張るつもり」と胸を張る。

 変わらぬ郷土の味は地元を離れても人を引きつける。河清商店では京阪神に発送する正月用のこのしろ寿しを昨年末も夫婦手作業で毎日作り続けた。2人は言う。「コノシロを取る漁師がいなくなったら幻の名産となる日も来るかもしれない。それでも求める人がいる限り作り続けたい」。

【 2019年01月12日 18時47分 】

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