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貫いた激しい生 瀬戸内寂聴さん、伝記小説2作相次ぎ復刊

「文子を懸賞する傾向が生まれ、うれしい」と話す瀬戸内寂聴さん(京都市右京区)
「文子を懸賞する傾向が生まれ、うれしい」と話す瀬戸内寂聴さん(京都市右京区)

 作家の瀬戸内寂聴さん(96)が1970~80年代に発表した二つの伝記小説が、相次いで復刊された。一つは、大逆罪で死刑判決を受けた金子文子が主人公の「余白の春」。そして、歌人で詩人の北原白秋とその3人の妻の軌跡をたどる「ここ過ぎて」。登場人物はいずれも烈(はげ)しい生を貫き、強烈な印象を残す。瀬戸内さんに作品への思いを聞いた。

 「余白の春」(72年)は、鶴見俊輔さんの勧めで生まれたという。「鶴見さんが『金子文子を書きなさい』と言われるまで書く意識がなかった。恩人が言うのであればと思い、勉強をし直すと、すごい人だと分かったの」

 鶴見さんを恩人に挙げるのは、どの出版社も見向きもしないなかで、大逆事件で死刑になった管野須賀子について唯一書かせてくれたからだ。鶴見さんらが創刊した雑誌「思想の科学」で連載し、小説「遠い声」(70年)に結実。その後に勧められたのが、文子だった。

 文子は20歳の時に出会った無政府主義思想の朴烈に共鳴し、事実上の夫婦となる。だが関東大震災が発生。混乱に乗じて、朝鮮人の保護検束という名目で2人は連行されると、起訴事実が次々と追加され、朴烈事件へと発展した。

 小学校に入る年齢になっても無籍のままで、父は逃げ、母には女郎屋に売られそうになるなど、悲惨な生い立ちだった文子にとって、朴烈との出会いは大きかった。「小さい時に朝鮮にいたから、差別意識はなく、文子は『この人だ』と自分で決めた。彼女から『あなたが好きだ』と言ったのでは。検事におだられて、『坊ちゃん(皇太子)を狙っていた』と、自らしゃべってしまう。朴烈は天皇制に反対していたから、その影響を受けた。かわいい女だったんじゃないかな」

 死刑宣告後、恩赦によって無期懲役に変わるが、文子は独房で自死して23歳の生涯を終わらせる。これもまた、愛から生まれた行動という。「朴烈との恋を貫くため、最後まで一緒にいたかった。でも離された。それがさみしくて死んだと思います」

 一方、文子とは違う3人の女性の生き方が描かれているのが「ここ過ぎて」(84年)だ。1人は、白秋の最初の妻となる俊子。出会った時は隣家の人妻で、道ならぬ恋に落ちた2人は姦通罪で投獄される。2番目の妻の章子(あやこ)は、貧乏暮らしの白秋を支え、生活が安定して家を新築するものの、その地鎮祭の夜に家出する。3番目の妻は見合い結婚した菊子。良妻賢母として名を上げ、国民的詩人に上り詰めた白秋に最後まで寄り添う。

 俊子と章子は白秋と別れた後、数奇な運命をたどる。2人とも京都にゆかりを持つのが印象的だ。俊子は再婚したものの夫の不貞に耐えかねて、西田天香が開いた生活共同体「一燈園」で3年余、奉仕に身をささげる。「何か満たされないものがあったのでしょう。一燈園で生活できたということは意志が強い人だと思います」

 章子も、綾部のグンゼの工場生活や、大徳寺聚光院住職との結婚・離婚などを経て、心身の調子を崩した晩年は養老院の同和園に一時期過ごした。「非常に変わった人で、お金持ちのお嬢さんとして生まれたのに、自分で運命をどんどんと悪くしてしまう。小さい時に豊かでわがままで自由に育ったせいか、平気なのよね」

 白秋は、3人の妻との出会いによって、詩人・歌人として大成した。瀬戸内さんは、第1歌集「桐の花」が好きという。俊子との苦しい恋の産物にあたる作品だ。

 「隣の奥さんに恋をしてできた作品。こういうことをしたらひどい目に遭うとか、大変という感情は白秋には弱く、自分の気持ちを大切にした結果、この歌ができた。芸術家にとって真実なのは残された作品なのだと思います」

 「余白の春」は岩波現代文庫で1253円、「ここ過ぎて」は小学館文庫で1058円。

【 2019年03月21日 10時30分 】

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  • 相次ぎ復刊した伝記小説
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