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河合俊雄氏 河合隼雄、送り火と共に去り

河合俊雄氏 かわい・としお 1957年生まれ。河合隼雄氏の長男。1990年にユング派分析家資格取得。著書に「ユング 魂の現実性」など。岩波現代文庫「河合隼雄語録」「思想家河合隼雄」「臨床家河合隼雄」など編集。


 昨夜に京都の夏の風物詩である五山の送り火が行われた。お盆にこの世を訪れた死者たちは、また山の彼方(かなた)に還(かえ)っていく。私にとってこの日は、年中行事以上の特別なものになってしまった。2006年の8月16日のことである。河合隼雄は、京都の事務所で心理療法のクライエントに会っていた。面接を終えてパーティーに向かい、帰宅して眠りについてからは、脳梗塞のために二度と目覚めぬ人となってしまったのである。あたかも送り火にのって去っていく死者たちとともに、京都の山の彼方に消えていったかのように。
 亡くなったのはそれからほぼ1年後であるけれども、私にとって五山の送り火の日は第二の命日、むしろ第一の命日のようなのである。
 倒れて何日かして事務所に行くと、その日にクライエントが作った箱庭の作品(写真の背後に写るミニチュアを用いて砂箱に作るもの)が、面接室に残っていた。文化庁長官としてあれだけ多忙であったのにもかかわらず、臨床をとても大切にしていたし、お盆休みのさなかではあったのに、休みを削ってまでクライエントに会っていたのである。
 最後の仕事が心理面接であったことは河合隼雄のアイデンティティーが臨床家であったことを示唆しているようである。
 今年の河合隼雄学芸賞を受賞した、鶴岡真弓さんの『ケルト 再生の思想 ハロウィンからの生命循環』は、ケルトの3カ月おきにある四つの季節祭を取り上げている。冬のはじまりであり、かつケルト暦の新年にあたる10月31日の「サウィン」と呼ばれる祭では、ふだんは「死と生」を隔てている壁が破られ、祖先と親しい死者たちがこの世に戻ってくる。
 近年日本でも知られるようになったハロウィンは、それの世俗化された形であると言えよう。日本とアイルランドというユーラシア大陸の東西の端で、そのように死者を迎える風習が残っていることは興味深い。
 季節は巡り、時は巡って、今年は河合隼雄が亡くなって11年となると同時に、生誕90年でもある。誕生にちなんで、河合隼雄財団では子どもをテーマにして、谷川俊太郎さんによる講演・インタビューを東京で共催し、また10月8日には詩人・童話作家の工藤直子さんを京都にお迎えして、やはり子どもや絵本をテーマにしつつ河合隼雄の思い出を語ってもらうつもりである。
 ケルトでそうであったように、死はまた再生につながる。送り火とともに、人としては亡くなっても、河合隼雄の著作と思想が生き続けることをこの日に願いたい。

(京都大こころの未来研究センター長)

[京都新聞 2018年08月17日掲載]