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庄子大亮氏 洪水神話、重みある教訓伝え

庄子大亮氏 しょうじ・だいすけ 1975年生まれ。専門は西洋古代史で広く神話の意味を読み解いている。京都大では南川高志教授に師事。著書に「大洪水が神話になるとき」(河出ブックス)ほか。


 今年は自然災害がとりわけ多いと誰しも感じているだろう。京都にも台風が繰り返し襲来したし、アメリカでハリケーン「フローレンス」が甚大な被害をもたらしたように、世界的に暴風雨が多発している。私は古代の神話伝説の意味や影響を研究しているのだが、こうした状況を目にしてあらためて実感する。自然の猛威が、大災害の物語、「洪水神話」を生みだしたのだろう、と。
 そのような物語として有名なのが、旧約聖書に語られる「ノアの洪水」である。かつて神は、傲慢(ごうまん)になった人間を大洪水によって一挙に滅ぼそうと考えた。ただし敬虔(けいけん)な男ノアと家族を神は救うことにする。神の指示を受けたノアは大きな「箱舟」を造ると、あらゆる生物のつがいとともに乗り込む。
 それから40日間も続く大雨によって生じた大洪水に巻き込まれ、彼ら以外の人間と残された生物も死に絶えてしまうが、箱舟に乗って生き延びたノアたちから人間や動物が再び増えたという。
 これに類似する、大洪水と破滅、その後の再生の物語が、世界中で伝えられてきた。また日本では例えば九州地方に、不遜な行為が天変地異を招いて陸地が水没したという言い伝えが複数あるが、こうした話も洪水神話の一種とされる。
 洪水神話の由来には多くの場合、陸地を飲み込むような実際の洪水、暴風雨、津波などがあったと思われる。ノアの洪水の物語についても、5000年前頃にメソポタミアで起こった洪水が発端ではないかとの指摘がある。大災害を、自分たちが認識している範囲の世界の破滅とか、神罰と受けとめ、印象的な話として脚色しつつ語り継いでいったという経緯が想定されるのである。
 情報を伝達する手段が限られていた昔、神話伝説こそが、大切な情報を世に伝えていくためのメディアでもあった。そして世界の神話伝説を眺めると、洪水は最も多く見られるテーマの一つである。すなわち洪水神話は、人類史上において特に重要な関心事が、水にまつわる災害だったことを示しているのだ。
 防災手段は進歩するけれども、未然に防ぐことができない洪水や暴風雨、津波に、われわれは遭遇し続ける。洪水神話は、いまだ人ごとではない。水害、津波災害がいつでもどこでも起こりうるという、人類史の重みある教訓として受けとめるべきだろう。そして、災害の続く今こそ、個々人、家族、自治体、社会全体といったさまざまなレベルにおいて、どんな事物が防災のための「箱舟」となりうるか、考えてみてはどうだろうか。

(古代史研究者)

[京都新聞 2018年10月12日掲載]