日本人の忘れもの 第2部

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

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第1回 7月1日掲載

誠心のもてなし
日本庭園で茶を喫する至福の時が
記憶から遠くなろうとしている。

小川後楽さん

小川流煎茶6代目家元
小川 後楽 さん

おがわ・こうらく 1940年、京都市生まれ。立命館大文学部卒。京都造形芸術大教授。73年、小川流煎茶家元6代目を継承。79年以来、たびたび中国を訪れ、中国のお茶とその文化について調査。日中の喫茶史に通暁する。煎茶の視座から、わが国庭園史にも強い関心を寄せ、とくに近代庭園における煎茶的要素の探求に、精力的に取り組んでいる。「煎茶入門」「煎茶の世界」など著書多数。

イメージ その1
近代日本庭園には「煎茶の精神」に通じる表現や
しつらえを随所に見出すことができる名園が少なくない。
7代目小川治兵衛が手がけた「並河靖之七宝記念館」の庭(京都市東山区)

10代の後半、多感な年齢だっただけに、感傷的と言えばそれまでだが、賀茂川に架かる葵橋の上から北山を望み、その雄大な自然の景観に感動、息をのみ目を凝らし、身動きの出来なかったことを思い出す。美しさ、優しさ、神々しさ、さらに有無を言わせない大自然の絶対的な力にも陶酔していた。山に登り川に遊ぶ、自然と親しむ生活は幼い頃から始まっていたが、この時胸を突いて出たものは、かって経験したことの無い感情だった。

自然への畏敬、自然と睦ぶ喜び

イメージ その2

自然との一体感、没我の境地と言ったもの。自然を、そして「自然」という概念を強く意識するようになるのも、この時からという気がする。葵橋を東に渡ると大木の茂る糺の森があった。何年後だったのか、記憶に残る遥か彼方の事だが、ある日突然この大木の何本かが伐り倒され、残る木々もその枝々を無残に切り落とされ、コンクリートの建造物が露わになっていた。その変わり果てた景観を見て、まるで自分の手足を切り落とされた様な、痛みと悲しみを覚えたことがある。

もちろん、大自然に手を加えない、自然なままの人間生活や社会を賛美しているわけではない。古代の人々が森林を伐採し、河川を移動し、殿堂・殿宇を建てることで京の都も出来上がった。ただ長い時代、多くの人々は、自然への畏敬、そして自然と睦ぶ喜びを知っていた。だから、公私の生活空間には、池泉、流水の庭園が造られ、その美しさを愛で、感性を磨くことを忘れていなかった。

美しい庭、心のこもった接待

イメージ その3

近代化の過程で、例えば鹿鳴館に象徴される様な西欧の賛美が現出する。しかし、そうした時代にあっても、より確かな理性と感性を持った西欧人は、日本人の心に根差さない、真似事の仮面舞踏会よりも、わが国古来の美しい庭、心のこもった接待に、より強く琴線を弾ませていた。

例えば、人文地理学者・紀行作家のシドモア女史。日米の友好に誠心で務め、ワシントンの桜でも知られている。彼女は「京都で最高の日本人、最も興味深い人物」として、七宝工芸家の並河靖之を紹介され、「魅力的庭園」を訪問、そこで茶を喫する。庭園は、近代の作庭家、王朝の雅にも通じていた小川治兵衛の作。シドモアも「大気に昔の日本が蘇る様だ」とその感動を記していた。

「古来の仕来りに依り、日本の紳士は、客人に振舞うお茶を決して使用人には用意させない。まして、あの純然と、毎日滞りなく行われる素晴らしい熟練の技を、客人の見えない所ではしないと」と、誠心を込めて持成す靖之にも好感の眼差しを注いでいる。

出された煎茶に対しても、「単に生ぬるいだけと思いきや、とたんに繊細に、この上なく芳醇に、スミレの花の精油のように香り、シロップのようなとろりと滑らかな舌触り。三口啜る間中、踊りだしたくなるほどの強烈な刺激」と、その驚きを露わにしている。まさに漱石が『草枕』で、「清いものが四方へ散れば咽喉へ下るべき液はほとんどない」と書いた世界。しかし、シドモアに至福の一時をもたらした空間も、そして煎茶の茶味までもが、今や私達の記憶から遠くなろうとしている。

きょうの季寄せ(七月)
堀川の蛍や鍛冶(かじ)が火かとこそ 藤村

蕪村がことさらに螢火を鍛造の際に飛び散る火花と見立てた心の動きは「堀川の」と詠い出したことで窺い知れる。

作刀家城州一条堀川住信濃守藤原國廣が江戸初期より名工を育てていたことに思いを寄せたのである。

友禅流しの風情は無理だとしても、今日堀川が整備され美しい流れを取り戻して螢が飛ぶのは喜ばしい。
(文・岩城久治)

「きょうの心伝て」・1

山崎 辰巳 さん プランナー(京都市下京区/70歳)

京の夏、京の風

暑い夏の夕暮れ―。京の街なかに暮らしていた少年時代の記憶をたどると、私たちは、打ち水をした軒先に床几を並べ、町内の大人、子供が一緒くたになって、うちわ片手に将棋を指し、線香花火に興じ、世間話に花を咲かせ、夕涼みをした光景が懐かしく鮮やかに甦ってきます。

傍らの蚊取線香の煙が風に漂い、子供ながらに不思議な風情を感じたものでした。

京の夏は、家の中も障子に代って簾を吊り、籐のござを敷き、涼感を誘う工夫が施されていました。

風情や風趣、風合い、風雅、風味など、風のつく漢字は無数にあり、これらは京都を表わすのに相応しい表現であり、まさに自然との共生が実践されてきた証だと思います。

節電が叫ばれ、原発再稼働の問題が問われている昨今ですが、思い切って冷房をオフにし、多少の暑さは我慢してでも、自然の風、香しい風に寄り添い、忘れていた風情ある京の夏を味わいたいものです。

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