日本人の忘れもの 第2部

バックナンバー

2013年
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2012年
12月
11月
10月
9月
8月
7月

京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

  • 最新記事
  • バックナンバー
  • 取り組み目的
  • 協賛企業
  • お知らせ

第13回 9月23日掲載 対談

職人技
職人技が追随を許さない付加価値を生む

岡田博和さん

TOWA株式会社代表取締役社長
岡田 博和 さん

おかだ・ひろかず 1951年、京都府生まれ。79年、TOWA株式会社入社。88年取締役、2000年常務取締役、10年専務取締役を経て、12年4月、代表取締役社長に就任。半導体製造装置などの開発の中心を担い、製品開発力の強化と開発製品の市場への浸透を積極的に図る。

伝統産業の可能性を広げる職人の生産技術

村山裕三さん

同志社大大学院ビジネス研究科教授
村山 裕三 さん

むらやま・ゆうぞう 1953年、京都府生まれ。75年同志社大経済学部卒。82年ワシントン大よりPh.D(経済学)取得。野村総合研究所、大阪外国語大地域文化学科教授などを経て、現在は同志社大大学院ビジネス研究科教授、京都商工会議所「知恵ビジネス支援チーム・戦略会議」委員。

村山◉製造業が日本の経済成長を牽引し、「ものづくり大国・日本」と呼ばれた時代と比べると、現在の日本の製造業の状況は目を覆うばかりです。そんな中で京都企業は、なぜ好業績を続けられるのか。その要因を聞きたい、そもそもの企業の本質を見つめ直したいと、最近、東京に本社を置く企業の方が、私の研究室に来られることが増えています。

京都に本社を置く企業では、ものづくりの職人文化が今も生き続け、手厚い人材育成でこれが次世代へも継承されている。他社の追随を許さないコア技術をベースにした事業展開をしている。短期的な利益を求めて確たる技術的裏付けのない分野に手を広げないこと。早期からグローバル化を視野に入れていたこと。これらを私は、事例を挙げながら彼らに伝えています。近年の製造業の衰退は、日本が長年に渡り育んできたものづくりの本質を忘れたところに要因があるのではないかとね。

岡田◉平安京が成立して以降、京都は天皇家や公家、伝統仏教の本山、茶道・華道の家元などの上層階級が、木工や鍛冶の技術に秀でたものづくりの匠や工芸品を納める匠たちの主たる納入先でした。彼らは時間とお金を惜しまず、『ほんまもん』をそれら匠たちに求め、匠たちは彼らとの頻繁なやりとりを通じて、望む以上のものづくりに情熱を注いだ歴史があります。それが連綿と現代まで受け継がれていることが京都でものづくりする私たちの誇りです。

イメージ その1
西陣織をはじめ京都の誇るすぐれた職人技を見直し、それを近代的な効用に革新することが求められている。

当社の主力は半導体製造装置事業です。コア技術である超精密金型の生産ラインの大部分は自動化しています。自動化といえば機械任せの様に聞こえますが、あらゆるデータや経験から加工方法を決定し、加工機という道具に仕事をさせる、いわば近代的工法における職人技が競合他社の追随を許さない付加価値を生み出しています。製造企業が海外へ進出して、日本の産業空洞化が懸念されています。当社でも為替リスクも考慮して組み立て部門などは海外工場でも製造していますが、日本の職人にしかできないコア技術の部分は決して海外には出していません。これにより海外企業にコピーされにくい当社独自の製品づくりが実現しています。

村山◉私は繊維産業の集中する西陣で生まれ育ちましたが、近年、西陣織は衰退の一途をたどっています。日本人の和装離れ、海外進出の出遅れなどが原因とされていますが、案外、これらは表面的なことかもしれません。というのは、着物や帯だけに固執せず、織物の根幹にある、世界に誇れる生産技術と素材を事業の核に据え、新たな分野に挑戦する企業の中から成功事例が出始めているからです。私はここに、西陣織の新たな可能性を感じています。

常に時代、消費者の要望に応え、新分野に職人の技術力を向けることが企業継続の大事な要素だと考えます。昔のものをかたくなに守るだけではなく、常に革新があってこその伝統です。今も世界から愛されている京都の伝統産業は、基幹技術を受け継ぎながら、革新の連続で今日まで続いています。

岡田◉当社の創業者は、平等院(宇治市)の阿弥陀如来座像の前に佇んだ一瞬、現存唯一とされる大仏師定朝の工夫の中から産み出された寄せ木造りに感動を覚えて、その極めて高度な製作システムを金型の生産技術に繋ぎ、これまでにない超精密金型製作法モジュールシステムという近代工法を生み出しました。自分の中に職人技に裏付けられた多くの引き出しを持っていると、一見、何でもないものからでも斬新なアイデアが浮かびます。跡を継いだ私たちも、次世代のニーズに応えられるよう、あらゆる物や人との接触を大切にし、金型生産技術を大本にした引き出しを、できるだけたくさん持っておくようにしています。その上で、当社の経営理念である「クオーターリード」を開発のベースにしています。

多くの京都企業では、先祖や社寺への畏敬の念が高いのも特徴です。創業精神を大切に守る意味からも、京都企業のよき習慣ではないでしょうか。

村山◉インターネット時代で便利になった一方、大事な要件でもメールで済まそうとする人が増えていますが、バーチャルなやりとりからは新たな発見や斬新なアイデアは生まれにくいでしょう。人と人とが面と向かって徹底的に話し合い、切磋琢磨するなかから、創造性が生まれてくる。京都企業の強さの源泉は、こんなところにもあるようです。便利さの中の落とし穴に注意しなければならないと、最近つくづく感じています。

岡田◉私たちが次々と新製品を開発できているのは、常にお客さまと直接会い、生の声を誠実に聞き続けてきた結果だと信じています。もちろん中にはクレームもありますが、これこそ改善、開発の宝だという前向きな姿勢で受け止めています。京都の職人たちは、駄目なものは駄目と、はっきり指摘してくれます。往々にして忘れかけている京都の職人技を見直すこと、職人技を近代的な効用に革新することが、日本の製造業を元気にする特効薬ではないでしょうか。

きょうの季寄せ(九月)
蛇の居る 穴の底まて 彼岸哉(かな) 草也

正岡子規編纂(へんさん)「分類俳句全集」「秋の彼岸」の項から掲句を拾う。「まて」は「まで」だろう。

秋の季題の「蛇穴に入る」を思い浮かべたのであるが、それにしても多少早いのではないだろうか。春の季題の「蛇穴を出る」頃を考えると、すなわち(春の)「彼岸」で次第にあたたかくなり、蛇が冬眠から覚める頃合いが何となく落ち着かないか。
(文・岩城久治)

「きょうの心伝て」・13

寺川 勝 さん 会社員(京都府宇治市/57歳)

「たまには手紙も…」

メール全盛の昨今、日常の連絡にはついメールを愛用しているのだが(実はこの文章も)、携帯電話が日本に普及して約30年飛躍的な発展を遂げた。

しかし私は、今も月に数度は巻紙に毛筆で知人に手紙を書いている。硯で墨をすり、毛筆で手紙を書くと背筋がピンとする。

空海(弘法大師)からでも1000年余。日本人に脈々と受け継がれてきたこの伝達方法は、現代には逆行するが、しかし今、市井での驚くべき人間の所業は、この「携帯の時代」とは無縁ではないように思えてならない。いくら時代が進化しようと、自筆文字の重要性と文化はなくならないと思うのは私だけだろうか。

郵便物がパソコン文字で来るとき、その中に手書きの手紙があると、何か、郷愁にも似た心の安らぎを覚える 。私はこれからも日本人の心伝てとして、巻紙に筆で手紙を認(したた)めて行こうと思う、昨今である。

協賛広告を含めた実際の掲載紙面の全体データはこちら(PDFファイル)

バックナンバー

ページ上部へ戻る