日本人の忘れもの 第2部

バックナンバー

2013年
6月
5月
4月
3月
2月
1月
2012年
12月
11月
10月
9月
8月
7月

京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

  • 最新記事
  • バックナンバー
  • 取り組み目的
  • 協賛企業
  • お知らせ

第20回 11月11日掲載

おもてなし
日本人の美徳である奥ゆかしさや
感謝の気持ちを忘れずおごりなく暮らしたい。

杉浦 京子

一力亭 女将
杉浦 京子 さん

すぎうら・きょうこ 1956年、京都市生まれ。同志社大文学部卒。81年、創業300余年の老舗お茶屋、一力亭13代目主人と結婚。女将として、京都祇園の花街の伝統と格式を重んじ、おもてなしの精神を守り続ける。

「おもてなし」という言葉をよく目にしますが、本来は表に出さない心遣いだと思います。奥ゆかしく慮(おもんばか)ることをわざわざ声高に言わねばならないのは、世の中がせちがらくなった証しでしょうか。

私は先代からの、「縁の下の力持ちであれ」という教えを守ってきました。お茶屋の女将(おかみ)とは、舞妓(まいこ)さん、芸妓(げいこ)さんとお客様の間を取り持つ裏方的な存在で、陰で心を尽くすのが役割です。お客様の希望をかなえられるように、さりげなく気を配ります。

TPOを気にしない現代

イメージ その2
京舞井上流五世家元 井上八千代さん(左手前)に新年のあいさつをする「事始め」で舞扇を受ける芸舞妓たち。
(2011年12月13日、京都市東山区の井上八千代さん宅)

「一見(いちげん)さんお断り」というのも、ただ知らない人を断っているのではありません。お客様のことをよく知って、心地良い時間を過ごしていただくため。お客様も、遊びに来て芸舞妓さんの芸を見ることで、その上達を支えてくださっているのです。舞妓さんは厳しい稽古を積み、芸を見ていただいて磨きをかけ、日本文化を継承しています。お客様は祇園町と芸の支援者でもあり、まちぐるみで一朝一夕ではない信頼関係を築いているのです。

現代はTPOをあまり気にしなくなりましたが、その場にふさわしいありようを見直さねばならないと思います。どんな場においても迎える側が気を配り、訪れる人もそれに応えてふるまう、思いやりのキャッチボールで、快いシーンを一緒につくり上げてゆくのが、お付き合いの基本ではないでしょうか。

花街にはしきたりがあり、それが堅苦しいと取られがちですが、実はとても合理的にできています。決まった日に行事があり、四季折々に部屋の室礼や装いが変わるのです。「八朔(はっさく)」にはごあいさつに回り、「事始め」から暮れの準備を始めます。決まっていれば時期で頭を悩ませることはないし、作法も分かっているのでうろたえません。部屋にも季節らしい掛け軸や花を飾り、舞妓さんは月ごとの簪(かんざし)を飾ります。そういったことを面倒と考えず、決まりごとを楽しむと思えば暮らしやすくなるでしょう。

花街の行事はまちの慣わし

イメージ その3
イメージ その3

近年は、真夏にブーツを履くなど季節感のない装いを目にしますが、見るからに暑苦しいし、本人もさぞ暑いでしょう。おしゃれは自由に楽しめばいいものでしょうが、同じ楽しむなら季節感を味わうほうがいいのになと思います。

ところで、祇園町にはたくさんのカメラマンが訪れます。写真は良い趣味ですし、カメラ人口が増えるのはいいことです。けれども我(わ)れ先にと人を押しのけて撮影をしたり、舞妓さんを止めてポーズを取らせるのは困ります。店先に陣取れば、出入りの邪魔になることもあるでしょう。

特別な日には、いつもに増して大勢の人がシャッターチャンスをうかがいますけれど、花街の行事はイベントではありません。大事にしているまちの慣わしであり、お師匠さん方やお茶屋さんへ礼を尽くす神聖な伝統ですから、お世話になっている方々のもとへ向かっている心境をお察しいただいて、良識ある行動を取っていただきたいものです。

これらも相手の立場を思いやる心があり、TPOを気遣う神経があれば、円滑にいくことではないでしょうか。日本人の美徳である奥ゆかしさ、いろんな人やものに生かされているという感謝の気持ちを忘れず、おごりなく暮らしたいものです。

きょうの季寄せ(十一月)
ねこの眼に 海の色ある 小春(こはる)かな 久保より江

7日が立冬で、14日から旧暦10月、神無月に入る。暖かで春に似ているので小春と称美する。小春日和である。

海の色が眼に映っている猫なのか、眼光が青みを帯びている猫なのか、日向(ひなた)に寝そべって、時々眼を開ける穏やかな光景を思い浮かべてみる。

芥川龍之介にも次の句がある。


木枯や目刺にのこる海のいろ
(文・岩城久治)

「きょうの心 伝て」・20

林 寛治 さん NPO法人都草会員(大津市/74歳)

神仏への祈り

秋の観光シーズンを迎え、京都の社寺は修学旅行生であふれています。特に受験生にとって、今や学問の神「北野天満宮」は必須の観光地です。各社寺には、縁結び、開運、金運など、ご利益札が目につきます。

ある書物に社寺へのお参りには、「神仏にお願いする」請求書型と「お礼の気持ちを伝える」領収書型があると書かれていました。

ややもすれば、私たちは神仏にはお願いすることだけを考え、感謝する気持ちを見失っているのではないでしょうか。

龍安寺の石庭に、「吾唯足知(われただたるをしる)」と彫り込まれた蹲踞(つくばい)があります。足ることを知って初めて満足が得られるという意味です。

これまでは、神仏にお願いしてもご利益があるのだろうかと、いつも半信半疑の私でした。しかし、この頃では「お陰さまで」の感謝の言葉を添えて、神仏に手を合わせるひとときに、心の安らぎを覚えます。

協賛広告を含めた実際の掲載紙面の全体データはこちら(PDFファイル)

バックナンバー

ページ上部へ戻る