日本人の忘れもの 第2部

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーン第2部

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第47回 5月19日掲載 対談

幸福感
京都特有の幸福会計を世界に発信したい

田辺親男さん

親友会グループ会長 一般社団法人 京都経済同友会 特別幹事
田辺 親男 さん

たなべ・ちかお 1947年、京都市生まれ。72年、京都府立医科大卒。医学博士。85年、循環器専門の島原病院を設立後、御池クリニックなどの人間ドック・画像診断専門のクリニックをはじめ、ホスピス、メンタルクリニックなどの事業を展開。現在、一般社団法人京都経済同友会特別幹事のほか、学校法人京都学園理事長、京都府立医科大客員講師、日本人間ドック学会認定医などを務める。

京都は老年力を自ずと生かしている町

横山俊夫さん

滋賀大理事・副学長
横山 俊夫 さん

よこやま・としお 1947年、京都市生まれ。京都大法学部卒。オックスフォード大哲学博士。京都大人文科学研究所教授、大学院地球環境学堂三才学林長、同大学副学長などを経て現職。専門は文明学。おもな編著に「貝原益軒―天地和樂の文明学」「二十一世紀の花鳥風月」「ことばの力―あらたな文明を求めて」など。

イメージ その1
GNH(国民総幸福感)が高いことで有名なブータン(プナカ)。

田辺◉私は、最新機器による健診や人間ドックなどの予防医学を中心とする親友会グループ(御池クリニック)で医療に従事するかたわら、京都経済同友会で地域経済の振興に取り組んでいます。

戦後の日本はGDP(国民総生産)が幸福の指標であると考え、経済成長を続けてきましたが、2008年のリーマンショックを経たことで、多くの人たちは経済価値だけが豊かさではないと気付き始めています。そこで京都の同友会では、幸福感を総合的に計算する「幸福会計」の策定を試みています。財務諸表のバランスシートを使い、幸福感を増幅させるものを資産、減退させるものを負債に見立て、それぞれの項目設定と定量化を目指すものです。将来的には幸福会計を企業や行政の評価に利用し、人々の満足感を伴う経済発展に役立てたいと考えています。

横山◉幸福感をバランスシートで表すのは面白いですが、幸せを数値にして比較するのは難しそうですね。収支がマイナスでも、少し持ち直したときに大きな幸せを感じることもあり、プラスでも同じ状態が続くと満たされない気分になるなど、幸福感は主観的な感覚ですので、単に赤字か否かでは割り切れないように思います。

例えば、夏に町家の坪庭に打ち水をすると、わずかに空気が動き気温がかすかに下がり、縁側のおばあさんが「ああ、極楽」とつぶやかれ……(笑)とか。暑さが大幅に和らいだわけでもなく、エアコンを使えばぐっと低い温度になるかもしれませんが、欲はほどほどに現状をよろこぶ精神で、とても微妙な変化を感じ取って、風流を楽しむような幸福感もあるわけですね。

田辺◉そうです。戦後の日本が忘れかけていた心の豊かさや、京都特有の伝統・価値観を生かした幸福会計を策定し、世界に向けて発信したいと。例えばブータンは、経済発展面では小さい国ですが、GNH(国民総幸福感)が高いことで有名です。私たちは資本主義の行き詰まりを打開すべく、経済を補完する幸福指標として文化・教育・自然環境の分野に注目しています。京都に多くある寺社や伝統文化資産、大学の知をもっと活用し、わくわくするような知的好奇心を満たす場や体験を提供することで、住民や来訪者の幸福度も高まるのではないでしょうか。

横山◉古町の職人さんは、個々の稼ぎよりコミュニティーの繁栄を重んじられるようですね。スピードや費用などの効率よりも、先代がお世話になったから、なじみの店だからというご縁や人情を重視し、そのつながり全体にお金が回るようにすることでお互いが元気になるよう塩梅(あんばい)されるという、この経済循環のありようも幸福の指標として考慮されてはいかがでしょう。

また、上方(かみがた)は都ができる前から渡来の人々と共にありますので、人に対する適度な距離感や、多様性を尊ぶ意識が深く根付いていると感じます。さまざまな人が集まる風土と「顔の見える」付き合いの文化があり、思いがけないご縁が生まれ、またそれが続きやすいという土地柄は、目に見えない財産ですね。

田辺◉新しい人々を受け入れる素地が豊かにある町として、京都の同友会では留学生支援強化を京都府知事に提案しています。京都に来た留学生が永住権を取得しやすい制度も今後の課題です。異なる発想の人たちが出会うことで新たな創造が生まれ、さまざまな停滞感を乗り越える力になると思います。

昨年、企業継承について討論した際、一番大切なのは創業者の定めた家訓や基本理念だという結論に至りました。「不易流行」、事業の形態や分野は変わっても、根本的な考え方を守り、その哲学から外れるものには手を出さないことで、京都の企業は代々続いてきたようです。末永く受け継がれるためには、経営者・従業員・関わる人々がみんな幸せであることが前提になりますから、幸福会計においても大事なテーマであると捉えています。

やはり人と人との結び付き、とりわけ地域コミュニティーや、希薄になりつつある家族のつながり、東日本大震災で再認識した絆の大切さは、幸福指標としても欠かせない要素です。

横山◉「文明」は「あやに明るい」と書きますが、その美称にふさわしい社会をめざすなら、多様な文化や、先人の教え、人との出会いなど、さまざまな関わりを西陣織の錦のように織り成していきたいものです。たくさんのつながりを得て、色のとりあわせのよい織物ができれば、幸福感も広まるのではないでしょうか。

出会いといえば、年配者は「この人とあの人と3人であの花を見に行きましょう」と面識の新旧にかかわらず、人や時節や場所を合わせるのが上手です。高齢化社会をマイナス要因として捉えるのではなく、逆におばあさん、おじいさんの媒介力や知恵を生かすことが日本を明るくするでしょう。京都は大量のエネルギーではなく、遊び心ではたらく老年力を生かしている町でもありますから、そのことを思い出して、世界があやなして明るくなることに貢献していけるとよいですね。

きょうの季寄せ(五月)
筋違に 芭蕉渡るや 蝸牛 夏目漱石

漱石は、明治29年7月8日の日付で正岡子規に40句の句稿を送っている。子規の評は「少し振はぬやう存ぜられ候」であった。

冒頭句は「海嘯(つなみ)去って後すさまじや五月雨」で、掲句は9句目、この句に子規の○印はない。

筋違は斜め、蕪村の「ほとゝぎす平安城を筋違に」を漱石は芭蕉葉を這う蝸牛を見て思いやったか。
(文・岩城久治)

「きょうの心伝て」・47

中井 雅博 さん 会社員(京都市右京区/46歳)

敬いのこころ

小学校低学年の頃、実家は花屋をしていて、繁忙期であるお盆、春、秋のお彼岸、年の瀬には手伝いに駆り出された。大通りに面しているうちの店の前を同級生が通るたびに、花のうしろに隠れたあの頃が、懐かしい。

京都の夏は、本来対極にあるべき生と死が最も近づきあう季節だ。迎え鐘、送り鐘、大勢の観光客を集める五山の送り火も、京都人には先祖の霊を泉下(せんか)に送る意味深い行事だ。

京都の人の心には、日本人の中で希薄になりつつある先祖を敬い尊ぶ気持ちが残っている。脈々と命のバトンを受け継いで、自分の順番を生かされている。そんな感謝の気持ちを持って生活をしている。その気持ちは日常生活のごく自然な感覚として暮らしの中に溶け込んでいる。社寺仏閣に親しみを込め「さん」をつけて呼ぶのも、そんな感覚の延長だろう。

子供たちは、地蔵盆などの年中行事を通じて先人や祖霊に親しみ始める。京都の風土は、日本人が決して失ってはならない独特の気風を育む。物質文明が前だけを見据えていても、先祖の恩から視線を外さない。親から子へ、子から孫へ、敬う気持ちを伝え続けることは、京都に根差す者の努めと思いたい。

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