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 祟福寺跡

 道は再びドライブウエーに出るが、旧道はそのままドライブウエーを横切って、山の中へ入っていく。志賀峠を越えて大津市の滋賀里に抜けているが、今は道なき道なので、あまりお勧めはできない。

 ひと山越したところの尾根に、祟福寺跡がある。天智天皇が大津京を開いた7世紀の半ばころ、今から1300年ほど前、その大津京を守るために創建されたのが、この祟福寺。大津京の西北方向にあたるこのあたりには、琵琶湖に向けて張り出した三つの尾根があるが、その尾根の一つひとつに、金堂や塔などの伽藍(がらん)が建てられた。今も三つの尾根に、建物の礎石が整然とした配列で残されている。




 志賀の大仏

 さらに道を琵琶湖に向かって降りていくと、左手に大きな石仏が見えてくる。地元では「志賀の大仏」と呼んでいるもので、この石仏も山中町の西教寺と同じく阿弥陀如来。高さ4メートル近い大きな仏像で、鎌倉時代から南北朝時代ころの制作と考えられている。

 志賀越えの道には、街道の登り口と真ん中、そして下り口に、いずれも大きな石仏がまつられているわけで、この道が古くから人々によって利用されていたことが分かる。この仏像を拝んで無事、近江に入ったことを実感した旅人は、しばらく歩いて満々と水をたたえた琵琶湖を眺めることになる。



▲志賀越え▲