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読み書きを奪われて 識字運動に挑んだ山本栄子さん(上)
対談本出版目指しクラウドで資金募る

部落差別で小学校に満足に通えず、40代になって読み書きを学ぶ識字教室を自宅で始めた山本栄子さん
部落差別で小学校に満足に通えず、40代になって読み書きを学ぶ識字教室を自宅で始めた山本栄子さん

 駅の券売機で目的地がどれか読めず、駅員に読み書きができないとは恥ずかしくて言えず、仕方なくタクシーを呼ぶか、外出を控えるという人に会ったことがある。役所の届け出用紙の空欄も書くことができない。街は文字にあふれている。読み書きできない日本人は少なからずいるのに、その存在に気付かない圧倒的大多数に囲まれて声を上げられず、ひっそりと、つらさを押し殺して暮らす。「字を読めない、書けない。こんな苦しい生活はないですよ」。京都市内の被差別部落に生まれ、小学校に満足に通えず文字を奪われてきた女性が、40歳で自ら識字教室を立ち上げ、学び続け、実名で部落差別と闘ってきた。87歳になった山本栄子さんの足跡を対談集にまとめ広く読んでもらおうと、研究者や友人らがクラウドファンディングで資金を募っている。山本さんに識字運動への思いを聞いた。 (岡本晃明)

 山本さんは1931年、京都市中京区で生まれた。戦前の被差別部落は劣悪な住宅で貧しい暮らしを強いられていた。山本さんの母も小学校は1年ほどしか通えていない。山本さんは小学校(当時は国民学校)で教師から「部落の子」と言われ、教科書もなく満足に通えずに育った。

「家には水道がなくて共同水道だったから、子どもの頃から水汲みをしたり、わら草履を編むのを手伝ったり。おばあちゃんは一日も学校へ行っていない」。同じ被差別部落出身の同級生は子守りに追われ、幼い兄弟を小学校に連れてきて教師に叱られていた。町内はどの家も貧しく、子どもたちは学校へ通えず、字の読み書きを知らない親たちの中で育った。

 戦争中の1942年、11歳から町工場で働いた。20人ばかりの職場だったが、「あの子は部落やから近づかへん方がいい」と陰で言われているのを、山本さんは聞いた。同僚がわざと、書類などを山本さんに回してくる。まごつく山本さん。同僚は「この子、字知らへんわ」と言った。

 「陰湿でした。文字を取り戻さないと、取り返さないと。そう思いました。でも、家族や地域に学校行っていた人なんていないし、やり方が分からない。紙くずから広告のチラシを拾って裏に字を書いてみたりもしたけれど、ひとりで字の読み書きを練習しても進まないんです」

 敗戦後の貧しさから日本が急速に復興していっても、山本さんや被差別部落の若者は取り残されていた。1952年の京都市不良住宅実態調査報告書を読むと、山本さんが暮らした地区では一人当たり1・5畳という狭い住宅で半数近くが暮らし、水くみで1日14~15回共同水栓と往復する主婦が2割。雨の日は未舗装のぬかるみを、水を抱え往復しなくてはならない。「おしめを使う子がいるので遠い水栓まで行くのがやりきれない」との声が記録されている。台所のない家もあった。山本さんも日雇いで暮らした。「ああ、私らはできひんとか、あきらめが先に立つことが多かったわね」

 27歳で同和地区出身の男性と結婚、子育てに追われるなかで60年代に転機があった。部落解放運動の若者たちが山本さんの暮らす同和地域で開く集会や学習会に顔を出すように。この苦しい生活、回りの人から言われる悔しさ、何が部落差別を生んでいるのか、小さな頃から疑問に思っていたことを、解放運動が教えてくれた。

 「学校は行かなあかんで、勉強せなあかんで、と息子に言う。でもそれしか言えなかった。中学に行ったらどうなるか、高校生活ってどんなんか、私は言えない。私には学校行った経験がないから」

 同じ地域の育児世代の母親たちとの井戸端会議。ある母親が悩んでいた。「子どもが学校で渡されたプリント持って帰っても、私は読めないから」。内容が分からないまま適当に持たすと、子どもは泣いて帰ってきた。教師に「何持ってきたんや」と怒られたという。

 「字知らんのはあなただけちゃうわ。文字、習おう」と山本さん。1971年、小学校に何度も通って教師に頼み込み、被差別部落の人たち向けに週1回、夜に字を教えに来てくれることになった。会場は山本さんの自宅。最初は女性たち5~6人が通ってきた。

 「ひらがなから始めて、小学1年の漢字から習ったん。ふだん生活する中で悔しいことを『先生、聞いて』と言える場でもあった。教師も被差別部落の地域事情を学んでいった」

 「識字教室で、年賀状を出すことになってね。(被差別部落では)年賀状出す習慣なんかないやん、もらったこともないし、出したこともないし。『あけましておめでとうございます』、一生懸命練習して。識字の仲間と顔会わせたら、年賀状来たか? まだか?って言い合って。うれしかったよ、初めて着いた年賀状、あけましておめでとうございますって」

 ◇記事と、山本栄子さんの対談集を出版するクラウドファンディングのプロジェクトの詳細は下に続きます

【 2018年10月12日 17時40分 】

ニュース写真

  • 部落差別で小学校に満足に通えず、40代になって読み書きを学ぶ識字教室を自宅で始めた山本栄子さん
  • 四畳半と狭く、劣悪な住環境を克明にスケッチした50年代の京都市内の被差別部落調査
  • 成人してから文字の読み書きを習うために京都市が作成した「識字学級テキスト」。小学校にも通えず識字率の低かった同和地域の実態に合わせて例文が考えられている
  • 成人してから文字の読み書きを習うために京都市が作成した「識字学級テキスト」。小学校にも通えず識字率の低かった同和地域の実態に合わせて例文が考えられている
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